経過規定について

経過規定については、前田正道『ワークブック法制執務(全訂)』(P259)*1には次のように記載されている。

法令の制定・改廃により、一挙に今までの法秩序が破壊され、新しい法秩序に移行することには困難を伴うことが多いし、社会生活に混乱を生ずることにもなりかねない。そこで、新たに法令を制定し、又は既存の法令を改廃する場合に、社会生活における従来の秩序が新しい秩序に円滑に移行するように配慮を加える必要が生ずる。例えば、従来の秩序をある程度容認するとか、新しい秩序の設定に暫定的な特例を設けるとかする経過的な措置を定めるのがそれであり、経過規定とは、このような措置をするための規定をいうのである。

このように経過措置とは、新しい法秩序に円滑に移行するために定める暫定的・経過的な措置をいうのであるが、前掲書(P260)*2に掲げられている次のような例は、経過措置の代表的なものと考えることができるだろう。

  1. 従来自由であったある種の営業を一般的に禁止し、許可を受けた者でなければこれを営み得ない制度を設ける場合に、従来の営業者に対して、一定期間法令の適用を猶予する等の措置
  2. 社会保険の保険料率を引き上げるに当たって、一挙に引き上げることはしないで、数年がかりで漸次引き上げていく措置

ただし、このような措置を講ずることは大切ではあるが、講じなかったとしても、法律関係が不明確になったりして困るということはないであろう。例えば、1の措置を講じなければ、既存業者も直ちに許可を受けなければいけないだけであるし、2の措置を講じなければ、保険料率が一挙に引き上がるだけの話である。それに、こうした経過措置をどのようにするかは、原課でも当然関心があることであるから、それなりに検討して原案でも書いてくるので、それを修文すればいいだけのことである。
しかし、制度の内容等の変更をしたときに、言わば技術的に経過措置を置かなければいけない場合がある。例えば、林修三ほか『例解立法技術』には、経過措置の要否を判断する基準として、次のように記載されている。

許可制等の改正の態様としては、内容面からみて、許可等をする行政主体に変更がある場合、許可等の要件その他その内容に実質的変更がある場合、こういう実質的な変更ではなく単に法文の編成、整理の技術上許可等に関する規定に形式的な変更が行われる場合等があり、形式面からみて、旧法令の廃止、新法令の制定という形式をとる場合、全部改正の形式による場合、一部改正の形式による場合などに区分できる。この改正の内容上の区分と法文上の表現のいかんにより、成文法令として経過措置を要するかどうかが判断されるのである。すなわち、許可等を行う行政主体に変更があった場合には、例外なく経過規定が必要である(規定がなければ、新たに新しい主務の行政機関の許可等を別に受けることを要する。)。改正の形式が法令の廃止、制定の形式をとる場合も同様である(内容上実質的な変更がほとんどない場合にも、経過規定を設けるのが例となっている。)。行政主体に変更がなく、改正の形式としては一部改正の形式をとっている場合には、一概に断定することはできない。例えば、本則の実体規定が、具体的な条項を引用しないで、「何々をするには、何々(行政機関)の許可を受けなければならない」とか、「何々(行政機関)の許可を受けた者でなければ、何々をしてはならない」というような表現になっている場合には、許可等の要件等に実質的な変更があったときも、従前の処分の効力を引き継ぐための経過規定は、必要でない場合が多いと思われる(要件が新たに追加されたような場合に、従前の許可を受けている者でこの要件を満たしていないものがあるときは、逆に、従前の許可の効力を制限するための措置が必要な場合も考えられる。)。これに反し、「第何条の許可を受けた者でなければ、何々をしてはならない」と表現されているようなときは、単に法文整理上その条名に変更があった場合にも、経過規定を置いて、疑問の起こる余地のないようにすべきであろう。

また、経過措置の中には、それを定めないと、実務を行う上で、困ってしまうものもある。例えば、施行日前に一定の行為ができるようにしておかないと、現実的に事務が進まないという場合があるであろう(実際には、経過規定を置かずに、何となく運用でごまかしてしまうことも多いだろうが)。
こうした経過措置は、地味なせいか原案には記載されていないことが多いが、例規審査を担当する者にとっては、このような地味な規定を、漏らすことなく規定していくのが重要なのではないかと思う。
では、具体的な経過規定の書き方等についてだが、次回以降で幾つか取り上げてみることにしたい。

*1:法制執務研究会『新訂ワークブック法制執務』(P292)も同様

*2:法制執務研究会『新訂ワークブック法制執務』(P293)も同様