下位例規への委任規定〜最高裁平成21年11月18日判決

政令の定めが法律の委任の範囲を超えるものとして無効とされた「東洋町議リコール署名最高裁平成21年11月18日大法廷判決」は、判決が出された当時、既にブログ等で取り上げられた方もおられ、『ジュリスト(No.1396)』でも特集がされているが、法令等の委任例規の立案という観点から、少し取り上げてみたい。
判決文は、次のとおりである。なお、この判決にある補足意見、反対意見も興味深いが、ここでは省略する。

1 本件は、東洋町選挙管理委員会(以下「処分行政庁」という。)が、東洋町議会議員A(以下「A議員」という。)に係る解職請求者署名簿の署名について、解職請求代表者に非常勤の公務員である農業委員会委員が含まれているとして、そのすべてを無効とする旨の決定をし、さらに、請求代表者等の関係人である上告人らによる異議の申出も平成20年5月20日付けの決定(以下「本件異議決定」という。)により棄却したことから、上告人らにおいて本件異議決定の取消しを求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。  
(1) 上告人X1を含む6名(以下「本件代表者ら」という。)は、処分行政庁に対し、平成20年3月14日、A議員に係る解職請求書を添えて、本件代表者らがその解職請求代表者である旨の証明書の交付を申請し、同月17日、処分行政庁からその旨の証明書の交付を受けた。当時、上告人X1は、非常勤の公務員である農業委員会委員であった。 
(2) 公職選挙法(以下「公選法」という。)89条1項本文所定の公務員は、同項ただし書所定の者を除き、在職中、公職の候補者となることができないが、地方自治法(以下「地自法」という。)及び地方自治法施行令(以下「地自令」という。)は、公選法89条1項を議員の解職の投票に準用するに当たり、「公職の候補者」を「普通地方公共団体の議会の議員の解職請求代表者」と読み替え、かつ、同項ただし書(同項2号に関する部分を除く。)の準用を除外している(地自法85条1項、地自令115条、113条、108条2項、109条。以下、地自令の上記4条項のうち、公選法89条1項を準用することにより議員の解職請求代表者の資格を制限している部分を併せて「本件各規定」という。)。したがって、本件各規定によれば、農業委員会委員は、公職の候補者となることができる場合であると否とを問わず、在職中、議員の解職請求代表者となることができないこととなる。 
(3) 本件代表者らは、処分行政庁に対し、同年4月14日、上記解職請求書に係る1,124名分の署名簿(以下「本件署名簿」という。)を提出し、同月17日に受理されたが、処分行政庁は、本件各規定により農業委員会委員は議員の解職請求代表者となることができないことを前提に、同年5月2日付けで、本件署名簿の署名をすべて無効とする旨の決定をした。 
(4) 上告人らが上記決定に対し異議の申出をしたところ、処分行政庁は、本件署名簿の署名は農業委員会委員を解職請求代表者の1人とする署名収集手続において収集されたものであって、すべて成規の手続によらない署名であるなどとして、同月20日付けで、異議の申出を棄却する本件異議決定をした。
3 原審は、上記事実関係等の下において、次のとおり判断して、上告人らの請求を棄却した。
本件各規定の委任の根拠規定である地自法85条1項は、議員の解職請求に係る投票手続のみならず、これと一連の手続の中で密接に関連する請求手続についても、公務員の職務遂行の中立性を確保し、手続の適正を期する観点から、公選法の規定の準用を認めたものであって、本件各規定はその委任の範囲内の適法かつ有効な定めと解されるから、農業委員会委員を解職請求代表者の1人とする署名収集手続において収集された本件署名簿の署名は、すべて成規の手続によらない署名として無効である。
4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 普通地方公共団体の議会の議員の選挙権を有する者は、法定の数以上の連署をもって、解職請求代表者から、当該普通地方公共団体選挙管理委員会に対し、当該議会の議員の解職の請求をすることができ(地自法80条1項)、選挙管理委員会は、その請求があったときは、直ちに請求の要旨を関係区域内に公表するとともに(同条2項)、これを選挙人の投票に付さなければならないこととされている(同条3項)。このように、地自法は、議員の解職請求について、解職の請求と解職の投票という2つの段階に区分して規定しているところ、同法85条1項は、公選法中の普通地方公共団体の選挙に関する規定(以下「選挙関係規定」という。)を地自法80条3項による解職の投票に準用する旨定めているのであるから、その準用がされるのも、請求手続とは区分された投票手続についてであると解される。このことは、その文理からのみでなく、<1>解職の投票手続が、選挙人による公の投票手続であるという点において選挙手続と同質性を有しており、公選法中の選挙関係規定を準用するのにふさわしい実質を備えていること、<2>他方、請求手続は、選挙権を有する者の側から当該投票手続を開始させる手続であって、これに相当する制度は公選法中には存在せず、その選挙関係規定を準用するだけの手続的な類似性ないし同質性があるとはいえないこと、<3>それゆえ、地自法80条1項及び4項は、請求手続について、公選法中の選挙関係規定を準用することによってではなく、地自法において独自の定めを置き又は地自令の定めに委任することによってその具体的内容を定めていることからも、うかがわれるところである。
したがって、地自法85条1項は、専ら解職の投票に関する規定であり、これに基づき政令で定めることができるのもその範囲に限られるものであって、解職の請求についてまで政令で規定することを許容するものということはできない。
(2) しかるに、前記2(2)のとおり、本件各規定は、地自法85条1項に基づき公選法89条1項本文を議員の解職請求代表者の資格について準用し、公務員について解職請求代表者となることを禁止している。これは、既に説示したとおり、地自法85条1項に基づく政令の定めとして許される範囲を超えたものであって、その資格制限が請求手続にまで及ぼされる限りで無効と解するのが相当である。
したがって、議員の解職請求において、請求代表者に農業委員会委員が含まれていることのみを理由として、当該解職請求者署名簿の署名の効力を否定することは許されないというべきである。
最高裁昭和28年(オ)第1439号同29年5月28日第二小法廷判決・民集8巻5号1014頁は、以上と抵触する限度において、これを変更すべきである。
(3) 処分行政庁は、本件異議決定において、本件署名簿の署名は農業委員会委員を解職請求代表者の1人とする署名収集手続において収集されたものであって、すべて成規の手続によらない署名であるから無効であると判断し、原審も前記のとおり同様の判断をしたものであるところ、上記のとおり、本件各規定は少なくとも請求手続に適用される限りでは違法、無効な定めといわざるを得ないから、これに基づいて上記署名を成規の手続によらない署名であるとすることはできない。
なお、公務員は一般職、特別職を問わず議員の解職請求の請求手続の当初から解職請求代表者となることができないとするのが、地自法85条1項に関する従前からの一貫した行政解釈であり、前記の最高裁昭和29年5月28日第二小法廷判決も、これを是認するものであった。それにもかかわらず、本件代表者らにおいて上告人X1を含めて請求代表者証明書の交付を申請し、処分行政庁もこれを交付した理由は、定かでないが、上記の行政解釈が地自法の法文の文理とは整合しないものであり、解職請求代表者の資格制限を定める本件各規定が明確性を欠いていることも一因であることがうかがわれるところである。地自法の定める直接請求に関し請求代表者の資格制限を設けるのであれば、住民による利用の便宜や制度の運営の適正を図る見地からも、制限の及ぶ範囲は、法律の規定に基づき、可能な限り明確に規定されていることが望ましいことはいうまでもない。
5 以上によれば、本件署名簿の署名をすべて無効とした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、前記説示によれば、本件異議決定は違法であり、その取消しを求める上告人らの請求は理由があるから、本件異議決定を取り消すこととする。

この判決は、最高裁調査官の解説(『ジュリスト(No.1396)』(P58))によると、次のように位置付けられている。

本判決は、公選法89条1項並びに公選法施行令90条2項及び別表第2に列挙されている公職の候補者の公務員ごとに資格制限の当否を立法事実にまでさかのぼって実質的に検討したものではなく、解職請求に関する地自法の文理ないし構造に関する法論理的な理解を前提として、上記の結論を導いたものと考えられる。したがって、本件各規定の一部が無効とされた後に、立法当局ないし地自令の立案当局において、解職請求代表者につきどのような立法事実に基づきどのような資格制限を設け又は設けないこととするかという点について、本判決は何ら言及するところではないと考えられる。

上記によると、この判決は法律の文理を重視した形式的な判断をしたものと考えられる。このような形式的な判断を行うことができたのは、同判決の藤田宙靖判事の補足意見にもあるが、従来行われてきた特別職公務員の参政権をより制限することになる拡張解釈を認めなくても、重大な公益の侵害をもたらす結果につながることはないという事情も影響しているのではないかと思う。
ところで、地方自治法第85条第1項は、公選法の規定は解散・解職の投票に準用するとしつつ、法律の規定の読替えは、地方自治法施行令第108条第1項で行っている。
政令に法律の読替え規定を置くことについて、安本典夫「行政立法の適法性に関する司法審査」『ジュリスト』(P51)は、次のように記載している。

法律は、準用規定を設ける場合、多くは、自らの中に読替え規定をおき、政令に読替えを委任する場合には「技術的読替え」に限定している……。もっとも、きちんとした読替え規定を法律中に定めないままの法律も存在する。 
しかし、憲法41条からすれば、法律の規定の読替えは、基本的には法律自体に定めておくべきであり、技術的読替えを超える読替えをしなければ準用できない規定は、準用できないと考えるべきであろう。逆にいえば、技術的読替えを超える読替えをした政令の規定は、法律の委任の範囲を超えたものであると考えるべきである。

そうすると、地方自治法施行令第108条第1項は、法律の委任の範囲を超えたことになるのであろう。そして、このことは、条例の読替え規定を規則等におく場合にも、妥当するであろう。
しかし、条例の読替えを規則で書くということは、あまり行われないように感じる。