飲酒運転に係る懲戒免職処分を取り消す判例について〜毎日新聞の記事から

既にkei-zuさん(http://d.hatena.ne.jp/kei-zu/20100628)やkinkinさん(http://kinkin2.blog42.fc2.com/blog-entry-454.html)が取り上げていますが、私も触れておくことにします。

公務員の飲酒運転:「原則懲戒免職」緩和の動き
飲酒運転した公務員を事故の有無にかかわらず「原則懲戒免職」としていた全国29自治体のうち、計10府県市が処分基準を見直すか、見直しを検討していることが毎日新聞の調べで分かった。06年8月に福岡市職員の飲酒運転で幼児3人が死亡した事故をきっかけに処分の厳罰化が広がったが、09年以降、「過酷だ」として免職を取り消した判決が最高裁で相次いで確定。厳罰化の流れに変化が生じている。
基準が厳罰化された後、職員側が免職の取り消しを求めて各地で提訴していた。09年9月に兵庫県加西市の上告が棄却され、自治体敗訴が最高裁で初めて確定。その後、神戸市、佐賀県三重県の敗訴が確定した。
毎日新聞は5月までに、この4県市と、都道府県、政令指定市のうち、「原則懲戒免職」基準がある25府県市に司法判断の影響をアンケートした。回答によると、基準を「免職または停職」と緩やかに改めたのは、大阪府と、最高裁で敗訴した加西市大阪府は「飲酒運転には厳正に対処すべきだが、最高裁の判断は尊重すべきだ」と指摘する。
神戸市は検挙のみの場合などは「停職」とする新たな運用方針を定めた。市人事委員会は一連の司法判断を踏まえ、飲酒運転で横転事故を起こすなどした2人の懲戒免職を停職6カ月に軽減した。
見直しを検討しているのは茨城、三重、滋賀県と、さいたま、岡山市の5県市。京都、長崎の2府県は見直すかどうかも含め検討中。さいたま市は「今後は、より一層慎重な判断が必要となる」。長崎県は「処分の取り消しについて国民の理解を得られるか今後の司法判断を注視したい」との姿勢を示した。
一方、見直しの予定がないとしたのは19県市。福島県は「社会的非難が依然として高く、引き続き厳格に対処する必要がある」とする。福岡市は「変更が必要とは考えていないが、他都市の裁判例を注視していく」。佐賀県は「飲酒運転には厳罰で臨む姿勢に変わりはない」としている。(毎日新聞2010年6月27日配信

毎日新聞は、同日付けで、次のとおり、特集を組んでいる。

クローズアップ2010:飲酒運転・懲戒基準 処分の重さ、悩む自治
◇抑止効果−−−「免職は過酷」司法判断も
飲酒運転した公務員の「原則懲戒免職」を自治体側が見直し始めたのは、司法が「原則」ではなく、事故の有無や飲酒の量などケース・バイ・ケースで免職の適否を判断していることが背景にある。毎日新聞のアンケートでは、大半の自治体が「原則免職という基準に抑止効果がある」と答える一方、免職は重過ぎるとした一連の司法判断を受け、処分の在り方に悩む姿も浮かぶ。かけがえのない人を失った遺族らは複雑な思いを隠さず、専門家は明確な判断基準の必要性を指摘した。
「飲酒」の実態は一様ではない。自治体が敗訴した4件の訴訟をみても、2件は十分な時間を置かずに運転していたが、残る2件は前夜のアルコールが朝に検知された「二日酔い」だった。
「原則懲戒免職」の基準が普及後、自治体敗訴が確定した兵庫県加西市の課長のケース。1、2審判決によると、課長は07年5月の休日、自宅近くの飲食店で酒を飲んだ後、車を運転したとして、罰金20万円の略式命令を受けた。飲食店ではビール中ジョッキ1杯と日本酒1合を飲み、運転したのはその30〜40分後だった。
2審の大阪高裁判決(09年4月)は市の基準に合理性を認めながらも「仕事と関係ない運転で距離も短く、事故を起こしていない。アルコール検知量は最低水準。まじめに勤務した」などと情状面を指摘。「免職処分は過酷で裁量権を逸脱している」と結論づけた。
佐賀県が敗訴した教諭のケースは、06年7月の夜にホテルやスナックでビールや日本酒を午後11時ごろまで飲み、約30分仮眠するなどして翌日未明に運転。他の車と信号待ちを巡りトラブルになった。交番に呼び出された午前8時ごろアルコール検査を受け、検出データは酒気帯び運転となる呼気1リットル中0.15ミリグラムを下回る0.07ミリグラム。訴訟で県側は「運転時は基準を超えていた」と主張したが、1、2審判決とも「証拠がない」と退けた。
「二日酔い」は、三重県職員と、大型トラックに追突した神戸市消防局員の2件。それぞれ飲酒終了から8〜10時間後の運転で「悪質な事情はない」と判断された。
一方、宮崎県都城市職員が免職取り消しを求めた裁判では2月、自治体勝訴が最高裁で初めて確定した。職員は事故を起こしていないが、焼酎のロック6杯を飲んで30分後に運転。宮崎地裁判決(09年2月)は「検知量は多量で、情状酌量の余地はない」と断じた。
同様に厳罰化が進んだ企業は、処分基準見直しの流れをどう見るのか。企業のコンプライアンス(法令順守)に詳しい山口利昭弁護士は「企業は社員が飲酒運転した場合の風評リスクが大きいので、今のところ見直しの動きは聞かない。厳罰化は社会の要請を受けた動きだ」と指摘する。
◇「厳罰化」後退に不安−−事故の遺族
「飲酒運転は絶対だめだという風潮になっていたのに残念。『職を失うことはない』という空気が生まれるのが怖い」 
03年に飲酒ひき逃げ事件で次男を失った大分県佐藤悦子さん(58)。「飲酒・ひき逃げ事犯に厳罰を求める遺族・関係者全国連絡協議会」の共同代表でもあり、自治体による処分見直しの流れに不安を募らせる。大学生の長男を飲酒ひき逃げ事故で失った長崎県の大川孝行さん(50)も同じ思いだ。自身も公務員だが「命を奪う可能性がある飲酒運転を戒めるために免職という重い処分が必要だ」と訴える。
飲酒運転を巡る厳罰化は、遺族の訴えが世論を動かす原動力となって進められた。01年に危険運転致死傷罪、07年に自動車運転過失致死傷罪が新設され、事故は激減。警察庁によると、09年の飲酒運転による死亡事故は292件。10年前の4分の1以下に減った。毎日新聞のアンケートでは、原則懲戒免職の基準に抑止効果があると大半の自治体が認め、「飲酒運転には引き続き厳しい態度で臨む」(山形県)などの回答が目立つ。一方で「基準見直しの予定はない」と答えた19県市にも一連の司法判断を「尊重したい」(相模原市)と受け止める声がある。ある担当者は「司法判断は無視できない。悩ましい」と打ち明けた。
免職を取り消した判決は「免職は公務員の死刑に等しい」と、自治体側に慎重な運用を求めた。06年に福岡市で起きた3児死亡事故の遺族の代理人、羽田野節夫弁護士は「しゃくし定規にすべて免職にするのは行き過ぎ」と理解を示す。処分を恐れて事故後に逃げるケースが多いことを指摘し「救えた命もある。速やかに救護すれば刑が軽くなる仕組みが必要だ」と述べた。
元総務事務次官の増島俊之・元中央大教授(行政学)は「免職など厳しい不利益処分には明確な判断基準が必要。議会でも十分な議論がなされるべきだった。『他の自治体に右へならえ』では、地域主権を唱える資格はない」と語った。
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100627ddm003010105000c.html

上記の記事で取り上げている裁判例について、同記事では次のようにまとめている。

自治事故検挙検知量
加西市なしあり0.15
神戸市ありあり0.2
佐賀県なしなし0.07
三重県なしあり0.2
都城市なしあり0.35
※検知量は呼気1リットルあたりのミリグラム。道交法では0.15ミリグラム以上で「酒気帯び運転」
上記の裁判例のうち、加西市の事例と佐賀県の事例については、以前取り上げたところである(下記の関連記事参照)。
ここでは、同記事で専門家の意見として、山口利昭弁護士、羽田野節夫弁護士、元総務事務次官の増島俊之元中央大学教授(行政学)の3氏の意見が掲載されているが、そのうち、羽田野弁護士と増島元教授の意見について感想を述べておく。
羽田野弁護士の意見については、上記記事の記述だけからすると、刑罰と行政処分である懲戒処分とが混同して語られているように感じる。懲戒処分の場合は、飲酒をして事故を起こすなどすれば、その量に関わらず免職となるであろうから、実際に懲戒免職処分を恐れて逃げている実例があるのか、疑問がなくはない。
増島元教授の意見には、首をかしげてしまう。「議会でも十分な議論がなされるべきだった」というが、職員の懲戒処分については、地方公務員法等により、任命権者の専属事項と考えるべきで、議会が云々というのは筋違いだと思う。さらに、この案件で地域主権云々というのもいかがかと思う。ちなみに、増島元教授は、総務事務次官経験者ではあるが、旧自治省出身ではなく、旧総務庁出身の方のようである。
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