職員基本条例案(下)

このシリーズの最後である今回は、これまで取り上げた事項以外の事項について、法制執務的見地から気になることを中心に取り上げた後、府の執行部の意見のうち同調できない点について触れておくことにする。
まず、条例案について気になる点から取り上げる。
1 人事委員会が勧告を行う際に財政状況を考慮することとしていることについて
これは法制執務的な事項ということではなく、また府の執行部も意見している事項であるが、あえて触れておく。
条例案は、人事委員会が給与水準及び勤務条件について勧告を行う際には、府の財政状況を考慮しなければならないとしている(第14条第2項)。
しかし、人事に関する専門機関である人事委員会に財政状況を考慮しろということがおかしなことであり、財政状況を考慮するのであれば、一義的には知事が考慮しなければいけないはずである。
これまで、条例案は他の執行機関の権限を知事のものとしていると述べてきたが、この点に関しては逆に、知事自ら行わなければならない事項を他の執行機関に押し付けており、随分と勝手な条例案である。
2 法令の規定の引用の不適切な例〜懲戒処分の基準を定めること
条例案は、懲戒処分の判断基準を第18条第1項で規定し、その標準例を第20条及び別表第2で規定している。
以前、条例で懲戒処分の基準を定めることについては、否定的なことを記載したことがあり(2011年5月27日付け記事「条例で懲戒処分の基準を定めることの可否」)、それに付け加えることは特にない。
ただ、ここで触れておきたいのは、条例案は、これらの規定を条例で定める根拠として、地方公務員法第29条第4項が職員の懲戒の手続及び効果は条例で定めることとしていることに求めていることである。懲戒処分の基準が懲戒の手続又は効果に当たるとはいえないだろう。「職員基本条例案(上)」でも触れたが、条例案は法律の規定を都合のいいように捉えている。
3 用語の概念の不適切な例〜「人事担当者」
条例案は、所属長及び任命権者の事務を補佐する者を総称して「人事担当者」としている(第25条第1項)。所属長等について「担当者」という略称にするセンスのなさもあるが、この「人事担当者」は、所属長に対して、勤務実績不良等の職員への指導に対する助言を行うこととされている(第26条第3号)。これだと、所属長が所属長に助言を行うこともあることになる。用語の整理ができていない例といえる。
4 規定相互の間で整合がとれていない例〜人事監察委員会の再就職に関する権限
条例案第46条第2項第2号は、人事監察委員会がつかさどる事務として、「第10章の規定に基づき、再就職に関する事項について調査及び勧告を行うこと」を挙げている。第10章の規定を見ると、人事監察委員会の権限として、職員の関連団体への再就職の承認(第42条第1項ただし書)と職員の再就職に当たっての事前審査(第44条)とを規定するのみである。
人事監察委員会の権限のうち職員の再就職に係るものについても問題はあるのだが、規定相互で整合がとれていないため、何とも言いようがない。ここでは、その整合がとれていないことについて触れておくだけとする。
これらの事項以外にも、法制執務的に問題な点は多くある。府の執行部もかなり指摘をしているが、他方、それをチェックすべき議会事務局はどのような対応をしたのか気になるところである。改めて議員提出立法とその審査の問題を感じる(2011年7月1日付け記事「議員提出条例案の審査体制」)。
次に、府の執行部の意見のうち、必ずしも同調できない点を取り上げる。
府の執行部は、条例案の提出権を問題にしている。つまり、自治体の長の直近下位の内部組織に関する条例案の提出権は、その長に専属していると解されており、また、勤務条件に関する条例案の提出も、職員団体との調整、人事委員会との調整等を勘案すると、地方公務員法の趣旨からその長に提出権が専属するのではないかと主張している。
前者については、この主張のとおりであることは異論はないだろう。しかし、後者については、私は議員提出も可能であると考えている。
まず、勤務条件に関する条例に関する地方公務員法の文言は、「地方公共団体の長が、条例で、……」というように、条例の提出権を長に専属させるような規定になっていない。
では、地方公務員法の趣旨から、その条例案の提出権が長に専属していると言えるかである。まず、職員団体との関係であるが、執行部側が勤務条件に関する条例案を議会に提出しようとするときは、職員団体との交渉を経て了解した後に行うことが通常であろう。しかし、地方公務員法上は、勤務条件に関する事項が交渉事項であり、職員団体から適法な交渉の申し入れがあった場合には、地方公共団体の当局は、それに応じなければいけないと規定しているだけである(地方公務員法第55条)。したがって、当該条例案を提出するに当たって職員団体の了解を経なければいけないというようなことになっていればともかく、このような規定からその提出権が首長に専属しているとはいえないのではないだろうか。
そして、人事委員会との関係についても、当該条例の制定等に当たっては、議会が人事委員会に意見を聴く手続を用意している(地方公務員法第5条第2項)。仮に、首長があらかじめ人事委員会と調整して条例案を提出することを想定しているのであれば、このような手続は不要なはずであるが、このような手続を規定しているということは、議員提出の場合も想定していると考えるのが自然であると思う。
ところで、このような府の執行部の主張は、任命権者が知事だけである場合にはある程度納得できるもののである。そして、実際には、多かれ少なかれ、任命権の行使は知事が中心となっていることも事実であると思う。しかし、地方公務員法の建前は、任命権者を分立させているのであり、こうした主張は、この地方公務員法の建前を無視した主張のように思える。
もう1点、府の執行部は、職の設置に関する条例についても、その提出権は知事に専属しているかのような主張をしているが、職の設置については、それぞれの任命権者の専権事項であり、条例事項ではないと私は考えている(地方自治法施行規程第5条等参照)。
こうした府の執行部の主張を見ると、とにかく気が付くことは全て挙げたという感じがする。それはある意味真面目な態度といえるだろうが、それが良かったどうかは何ともいえないところである。逆に論点ごとに突っ込みきれていない印象も受けるところである。