本年度の人事院勧告の実施を見送ることに関するメモ

今更の感があるが、本年度の人事院勧告については、10月28日の閣議決定で、政府が既に提出している給与臨時特例法案が人事院勧告による給与水準の引下げ幅と比べ、厳しい給与減額支給措置を講じようとするものであり、また総体的に言えばその他の人事院勧告の趣旨も内包しているということで、その実施を見送ることとしている。
これに対し、人事院は、人事院勧告は公務員が労働基本権を制約されていることの代償措置であるため、これを実施しないことは憲法違反であると反論している。
本件に関して政府側を擁護する意見は少ないが、私は現時点では政府側の見解でも特段問題はないと思っているので、その理由等をメモしておく。
1 国会における議論

平成23年11月9日・第179回国会衆議院予算委員会
○石井(啓)委員 ……それで、昨日も議論になりましたけれども、この給与削減特例法案に関しまして、人事院勧告の扱いが問題になっております。
ことしの人事院勧告、9月30日に出されましたけれども、10月28日の閣議決定では、政府が既に出している給与臨時特例法案、これが平均7.8%の給与削減ということで、人事院勧告による給与水準の引き下げ幅、平均0.23%と比べて厳しい給与減額措置を講じようとしているものであり、総体的に言えばその他の人事院勧告の趣旨も内包しているということで、人事院勧告の実施を見送る決定を政府としてされております。
この人事院勧告の趣旨を内包しているというのはどういうことなのか、このことを総務大臣に確認したいと思います。あわせて、今回の人勧を見送るという決定をしたことについて、人事院の見解はどうなのか、これを続いて人事院総裁にお伺いしたいと思います。
○川端国務大臣総務大臣 お答えいたします。
労働基本権が制約されている現行制度におきましては、人事院勧告制度は極めて重要なものであるということは政府としては当然認識をしております。尊重することが基本であるという中で、人事院制度、人事院勧告の中身も真摯に検討させていただきました。
まず、民間準拠を含めて、給与水準の引き下げが人事院勧告の場合は平均0.23%、一人当たり年収減が平均1万5,000円、月額にいたしますと899円、全体の影響額は120億円という勧告内容でございます。
これに対して、既に提出させていただいております給与臨時特例法案による給与減額率は7.8%、一人当たりの年収減は約50万円、給与にしますと月額で2万8,000円、全体の影響額が2,900億円ということですので、およそ33倍の部分でありますので、金額的に、減額という意味では大変厳しい部分をお願いしているということで、水準的にはそういう状況にあります。
一方、人事院勧告の趣旨に関しましては、本年の人勧は、50歳以上の職員を中心に支給されている給与構造改革の経過措置を廃止する、あるいは、民間に合わせると、給与水準を、高齢者の部分を引き下げてフラット化するということで、年齢に着目した措置を講じようとしているものでありまして、給与カーブをフラット化するという効果を持っております。
一方、特例法案は、我が国のこういう危機的な状況に御協力いただくということで、身を削るという観点から、本省の課長級職で10%、課長補佐、係長級で8%、係員では5%というように、職責に応じて減額率を変えるということで設定していますが、一般論でありますけれども、職責が重くなるほどに年齢も高くなるという傾向がありますので、この特例法案の実施により、結果としては給与カーブをフラット化する効果があるというふうに思っております。
したがって、人勧と特例法案は、目的やねらいは当然異にするものでありますが、両者ともに、給与カーブをフラット化させる、あるいは給与水準を大幅に下げるという効果は有しておりまして、その意味において、総体的に見れば、効果において、特例法案は人勧の趣旨を内包していると評価できると考えております。
フラット化の実例でありますけれども、モデル的に計算しますと、人勧実施では、最若年層はプラス・マイナス・ゼロ、高齢者層は約1万2,000円減額ということですが、特例法案では、3万円ぐらい差が縮まるという効果を有しているということを申し添えておきたいと思います。
以上でございます。
○江利川政府特別補佐人(人事院総裁 人事院勧告を見送ることについていかがかということでございます。
今、人事院勧告の趣旨が内包されているという説明がありましたが、私は、今の説明については若干の疑問点を持っております。
一つは、0.23と7.8を比較して、数字が大きい方が内包しているという話でありますが、マラソンをすれば百メートル競走はしなくていいのか、百メートル競走をしなければカール・ルイスウサイン・ボルト選手も出てこないわけでありまして、人事院勧告は憲法に基づく制度でありますから、まずこれはきちんとやるべきであります。憲法はきちんとやるべきであります。憲法に基づく制度でありますから、きちんとやるべきだと思います。小さいから含まれているという議論は成り立たないというふうに考えます。
それから、二番目でありますが、フラット化の話が出ました。フラット化につきましては、私どもは、民間給与を見て、あるいは較差の大きさを見て、50歳以上の人についてその較差を縮小するということであります。係長をずっとやって50歳以上になった、課長補佐をずっとやって50歳以上になった、そういう人を縮小するということであります。
一方、係員から係長、あるいは課長補佐から課長になりますと、職責もふえます、仕事も難しくなります。そういう人にはちゃんと給与で処遇すべきでありまして、その較差は、めり張りはきちんとつけるべきであります。今回の特例法はそのめり張りを縮小するものでありますので、フラット化という意味で内包しているといいましても、中身は全く異なっているわけであります。そういう意味で、フラット化は内包されているわけではありません。
それから、給与構造改革の経過措置についての話もございましたが、経過措置は、制度を変えるときにはやむを得ない措置として実施をしているものでありますが、5年たちましてもなお経過措置が残っているわけであります。これを廃止しようと。経過措置のための財源は、皆さんの、公務員の給与を、昇給を抑制して捻出しているわけでありますので、この経過措置を廃止しますと、抑制分の回復ができることになります。20代、30代、40代初めの人たちの給与を回復させようということであります。給与構造を公平にする、ゆがみを是正する、そういう上で震災対策の負担を求めるのが、私は給与のあり方として正しいのではないかというふうに思うわけでございます。
人事院勧告は、今回は実施できるものであります。実施できるものを実施しないということになっているわけでありますが、憲法あるいは法体系に基づいた制度でございますので、これを実施しないといいますと、法体系上問題が出てくるのではないかという認識を持っております。

2 人事院総裁の主張に対する意見
人事院総裁は3点について主張しているので、順次触れていくことにする。
(1) 人事院勧告を実施しないことは憲法違反になるとの主張について
人事院総裁は、人事院勧告は憲法に基づく制度であると主張しているが、これは、人事院勧告を実施しないと憲法違反になるということを意図しているのであろう。
その根拠は、全農林警職法事件判決(最大判昭48.4.25刑集27巻4号547頁)などで言われている人事院勧告は公務員が労働基本権を制約されていることの代償措置であるという見解に基づいているのであろう。しかし、その見解は、給与が上がっていたときは素直に納得できるが、給与を抑制するときの論拠としては疑問を感じるものである。
さらに、人事院総裁は震災対策のための給与削減自体は是認するような発言をしているのであるが、給与臨時特例法も違憲という主張をしているのであればともかく、その主張は全体として説得力に欠けるように感じるのである。
(2) 給与のフラット化は給与臨時特例法に内包されていないとの主張について
人事院総裁は、給与のフラット化は給与臨時特例法に内包されていないと主張している。
このことについては、詳細に分析していないので何とも言えない面もあるのだが、ざっくりと言ってしまえば、震災対策のための給与削減を行うことにより結果として給与が下がるのであれば、ことさら議論しても意味がないように感じる。
(3) 給与構造改革の際の経過措置の廃止は、昇給抑制の回復のためのものであるとの主張について
人事院総裁は、給与構造改革の際の経過措置の廃止は、昇給抑制の回復のためのものであると主張している。
この昇給抑制は、一般職の職員の給与に関する法律等の一部を改正する法律(平成17年法律第113号)附則第13条の規定を根拠としていたのではないかと思うが、平成22年3月31日までの間の特例である。そうすると、法的には、昇給抑制を講ずる根拠はないことになる。
もちろん、昇給抑制を回復するための財源は必要になってくる。しかし今回は、給与臨時特例法による給与削減において、その財源も考慮しているということであれば、このことを議論する余地はないのではないかと思うのである。