いわゆる私的諮問機関に関する判例について(1)

要綱等で設置するいわゆる私的諮問機関について以前取り上げたことがあるが(下記私的諮問機関に関する記事参照)、下級審ではあるが、条例で設置しなければならない附属機関であるとして違法とする判例が出されていることから、裁判所はどのような判断をしているのか取り上げてみる。対象にするのは、よく取り上げられている次の4件とする。言うまでもないが、いずれも住民訴訟である。

  • 平成14年1月30日さいたま地裁判決(平成11年(行ウ)第8号)
  • 平成14年9月24日福岡地裁判決(平成13年(行ウ)第25号)
  • 平成21年6月4日広島高裁岡山支部判決(平成20年(行コ)第8号)(第1審:平成20年10月30日岡山地裁判決(平成19年(行ウ)第6号))
  • 平成23年3月23日横浜地裁判決(平成21年(行ウ)第71号)及び平成23年 9月15日東京高裁判決(平成23年(行コ)第143号)

判例については、事案の概要、裁判所の判断のほか、行政事件に関する判例を見ると、自治体側の主張に問題があると思われる事例もあるため、自治体がどのような主張をしているのかについても取り上げることとする。1回に1件ずつ取り上げ、判例ごとに多少コメントを付するが、最後に回を改めて、総括することとしたい。
なお、このシリーズでは、特に注記をせずに「地方自治法」を単に「法」と、対象としている私的諮問機関を単に「本件委員会」というように表記することがある。
1 平成14年1月30日さいたま地裁判決(平成11年(行ウ)第8号)
 (1) 対象
埼玉県越谷市が情報公開条例案策定に当たり設置した越谷市情報公開懇話会
 (2) 活動内容
平成10年6月11日から同年10月31日まで、6回の会議及び1回の「越谷市情報公開制度について意見を聞く会」を開催し、それまでの情報公開制度の基本的なあり方、内容等についての意見交換を取りまとめたものとして「越谷市の情報公開に向けて」と題する提言を決定した上、市長に提出した。
 (3) 市の主張(原文)
  ア 法138条の4第3項所定の附属機関については、「法律又は条例」によりこれを設置しなければならないが、その趣旨は、附属機関といえども、行政組織の一部として執行機関の有する権限の一部を行使するものである以上、「法律又は条例」に基づき設置することによって、その権限等を明確にすることにある。
ところで、本件懇話会は、情報公開の基本的なあり方等につき、越谷市長に対し、提言を行うために設置されたにすぎないのであり、同項所定の調停や審査等を行うものではなく、越谷市長の行政執行を何らかの意味において羈束するものとしての行政組織の一部とは位置付けられてはいない。
そうすると、本件懇話会は、行政組織の一部ではない以上、上記の附属機関には該当しないものというべきである。
  イ 一定事項について提言を出すまでの臨時的・一時的な住民参加会議組織は、常設の機関とは異なり、附属機関とみる必要はなく、条例によらずに要綱によって設置できるものというべきである。
そして、本件懇話会は、市民、学識経験者の意見を反映させる目的をもって、これらの者を委員とし、情報公開の在り方について提言をするまでのものとして、臨時的・一時的に組織されたものである。
そうすると、本件懇話会は、この意味においても上記の附属機関には該当せず、要綱によって適法に設置されたものというべきである。
 (4) 裁判所の判断(原文)
  ア 法138条の4第3項は、「普通地方公共団体は、法律又は条例の定めるところにより、執行機関の附属機関として自治紛争調停委員、審査会、審議会、調査会その他の調停、審査、諮問又は調査のための機関を置くことができる。」と規定している。
この規定にいう「附属機関」とは、執行機関の要請により、行政執行のために必要な資料の提供等行政執行の前提として必要な審査、諮問、調査等を行うことを職務とする機関を総称するものであって、その名称は問わないものであり、また、そこにいう「審査」とは、特定の事項について判定ないし結論を導き出すために内容を調べること、「諮問」とは、特定の事項について意見を求めることを指す比較的広い外延を有する概念である。
更に、この規定は、附属機関は法律又は条例の定めるところにより設置することを要し、地方公共団体の長のそれより下位の行政の内部規律、例えば決裁により制定される要綱などで設置することを許さない趣旨を含むものと解される。附属機関の設置は、法令に特別の定めがない限り、各執行機関において規則、規程その他の内部規律に基づいて任意に行うことができるものとされていた従来の取扱いを改め、今後は、行政組織の一環をなす附属機関の設置は、すべて条例に定めなければならないこととする趣旨で本条が新設された経緯(昭和27年8月法律第306号)からみても、このように解するのが相当である。
  イ 以上の趣旨のもとに本件懇話会についてみると、本件懇話会は、被告(越谷市長)の委嘱による各種団体からの選出委員6名、一般公募選出委員4名及び学識経験者3名の合計13名の任期が確定していない委員(全て市職員以外の者)によって組織された会議であって、その庶務は総務部庶務課において処理するものとされていること、その所掌事項としては、近時地方公共団体において重要な行政事務の一つとされる情報公開制度の基本的な在り方、同制度の基本的内容、その他制度化に伴い必要となる事項について検討を行い、その結果を市長に提言することとされていること、本件懇話会の作成した本件提言は、庁内職員によって組織された本件委員会による本件報告書を基として、協議の末まとめられたものであって、これを基礎として更に条例案が作成されるという行政過程が予定されていたこと、現実に実施された本件懇話会も、前後4か月半にわたる6回の会議及び1回の意見を聞く会において、上記のとおり詳細な検討が遂げられ、その結果を本件懇話会自体の結論である本件提言として結実させたものであること等の前記事実関係のもとにおいては、前記の認定に照らし、本件懇話会は、法138条の4第3項にいうところの「審査」ないし「諮問」を行うための附属機関に該当する組織体と認めるのが相当である。……
そうすると、本件懇話会が条例に基づかず、越谷市の内部規律にすぎない本件要綱によって設置、運営されたことは、前記規定に違反したものというべきである。
  ウ 被告は、前記のとおり主張して、本件懇話会が前記の附属機関に該当しないと主張するが、本件懇話会が審査ないし諮問を目的とする行政組織として評価するに値する実体を備えていることは前記のとおりであり(附属機関の提示する結論が行政組織の長である越谷市長の行政執行を何らかの意味において羈束する効果を有する必要はない。)、法138条の4第3項には、審査ないし諮問の目的や機関の存続期間についても何の限定もされていない以上、一定の事項についての提言をするまでの臨時的、一時的な住民参加型会議組織であるからといって、本件懇話会が附属機関に当たると解する妨げとはならないものというべきであるから、被告の主張は採用の限りではない。
なお、このように附属機関の意義を解することについては、行政に対しては、随時、専門的、科学的あるいは民主的意見を反映させることが必要であり、そのためには、弾力的に行政を運用することができなければならないとする近時の要請に適合しないとする非難が予想される。このような社会的要請にそれなりの合理性があることは否定できないけれども(もっとも、前記の事実関係のもとにおいては、本件懇話会の設置条例を制定する時間的いとまがなかったとは想定しにくい。)、法138条の4第3項の規定の制度趣旨は前記のとおりであり、これに合理性が肯定できる以上、上記の社会的要請も、この法の趣旨に反しない程度で実現されるほかないものというべきである。例えば、その調和点として、予想される附属機関の目的や類型、存続期間等を定めておき、所定の条件を満たす附属機関については、市長等執行機関が行政執行上の必要に応じて随時設置することを認める旨のいわゆる委任条例を制定しておくことなどは、法の許容するところと解される。
 (5) 判例に対する見解
市は、本件懇話会が附属機関に当たらない理由として、本件懇話会が市長の行政執行を覊束するものではないため行政組織とはいえないこと、臨時的・一時的な機関であることを挙げている。
まず、臨時的・一時的なものについては条例制定を要しないかどうかについては、裁判所は、「法138条の4第3項には、審査ないし諮問の目的や機関の存続期間についても何の限定もされていない以上、一定の事項についての提言をするまでの臨時的、一時的な住民参加型会議組織であるからといって、本件懇話会が附属機関に当たると解する妨げとはならない」とこれを否定する判断をしている。
そして、本件懇話会が行政機関に当たるかどうかだが、そもそも附属機関は行政執行を覊束するものだとする見解を私は聞いたことがなく、市の主張が適当なものではないため、違法とする判断が出されるのも当然であろう。
しかし、裁判所の判断にも首をかしげてしまうような部分もある。
まず、(4)アで「附属機関とは、…諮問…を行うことを職務とする機関」としている。これは、法第138条第3項の書きぶりに引きずられているのだろうが、この規定は「普通地方公共団体」が主語であり、附属機関が諮問を行うわけではもちろんないのである(附属機関の職務については、法第202条第1項参照)。
さらに、(4)ウのなお書きの部分は、次のとおり蛇足のように感じる。
 ア 弾力的に行政を運用することができなければならないとする近時の要請云々とあるが、何か課題があった場合に、直ちにこのような機関を設けなければいけないようなことは、私には想定できない。仮にそのような状況があったとしても、特に緊急を要する場合には、専決処分を行うことが可能である(法第179条第1項)。
 イ 法138条の4第3項の規定の制度趣旨は、合理性が肯定できるため、調和点として、予想される附属機関の目的や類型、存続期間等を定めておき、所定の条件を満たす附属機関については、市長等執行機関が行政執行上の必要に応じて随時設置することを認める旨のいわゆる委任条例を制定しておくことなどは、法の許容するところであるとしている。
   この委任条例の趣旨がよく分からないのであるが、予想される目的、類型、存続機関といった事項をあらかじめ定めることができるかどうかという問題もあるが、条例で設置している附属機関のなかでも、常時委員を選任して活動しているのではなく、必要な場合に委員を選任して活動するといった例もあるだろうし、そうした運用も違法とはいえないだろう。そうすると、あえて委任条例云々と言ってみても、あまり意味はないように思われる。
以上のとおり、裁判所の判断は、結論としては異論はないが、附属機関というものをよく理解して判断しているとは感じられない。
(参考)私的諮問機関に関する記事