憲法第9条に自衛隊を明記する案

憲法第9条第1項及び第2項をそのままにして、同条に自衛隊を書き込む案として、井上武史九州大学准教授と阪田雅裕元内閣法制局長官の私案が以下のとおり示されているのを目にした。

井上准教授の案>(日本経済新聞 2018年2月7日
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
3 前項の規定は、自衛のための必要最小限度の実力を保持することを妨げない。
4 前項の実力の組織及び編成は、法律で定める*1
阪田元内閣法制局長官の案> (朝日新聞デジタル 2018年2月7日配信
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
3 前項の規定は、自衛のための必要最小限度の実力組織の保持を妨げるものではない。
4 前項の実力組織は、国が武力による攻撃をうけたときに、これを排除するために必要な最小限度のものに限り、武力行使をすることができる。
5 前項の規定にかかわらず、第3項の実力組織は、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされる明白な危険がある場合には、その事態の速やかな終結を図るために必要な最小限度の武力行使をすることができる。

両者とも基本的な考え方に大きな違いはなく、ただ、阪田元内閣法制局長官は、これまでの政府の考え方を第4項と第5項で記載しているといったところだろうか。
私は、以前(2017年5月26日付け記事「憲法改正に関する首相発言について」)、憲法第9条第1項及び第2項をそのままにするのであれば、第3項として「前2項の規定の趣旨を踏まえ、自衛隊の任務、部隊の組織及び編成、行動及び権限等については、法律で定める。」といった規定を置けばいいのではないかと記載したことがある。これは、自衛隊法第1条が「この法律は、自衛隊の任務、自衛隊の部隊の組織及び編成、自衛隊の行動及び権限、隊員の身分取扱等を定めることを目的とする。」とされているため、それを受けて書いただけなのだが、井上准教授の案の第4項に相当することになろう。
両者がほぼ同様な規定として置いている第3項は、こうした規定を置くことについては以前から報道されていたので、考え方としてはあり得ると思っていたが、第2項には後段があるため「前項」で受けるとしっくりこなかったことと、現行の憲法の規定でも自衛隊は当然合憲と考えるなら不要であることから、あえて置く必要はないと考えたのであるが、当該規定を置くのであれば、自衛隊の合憲性について疑義があったので、それを解消するため置いたということになるのではないだろうか。
また、井上准教授は、上記記事では、憲法に「自衛隊」と明記することは法的に困難であるとして、その理由を次のとおりとしている。

1 自衛隊の存在を憲法に明記すれば、自衛隊衆議院参議院最高裁会計検査院などと並ぶ憲法上の組織として位置づけられる。しかも国民投票で承認された自衛隊は、憲法制定時に国民投票を経ていない既存の国家機関よりも高い正統性を有することになる。それは自衛隊を単に合憲化する目標との関係では明らかに過剰だ。
2 自衛隊憲法上の組織となれば、法律で設置されるにすぎない防衛省は組織法上、自衛隊の下位機関となる。もしそうなれば、自衛隊防衛省に管理されている現在の状況は大きく様変わりする。
3 自衛隊憲法に書くのであれば、その固有の任務・権限や他の国家機関との関係も併せて記述せねばならないが、それは法的には9条2項に上書きする意味を持つ。

「1」は、必ずしもできない理由にはならないだろうし、「3」は、そのような意味を持つことになるのか私にはよく分からない。
「2」は、ある意味もっともだが、憲法には法律である「皇室典範」が明記されていることを考えると、既に存在している「自衛隊」を憲法に位置付けるのだから、そのように明記してもいいのではないかと思うのだが、どうだろうか。

*1:井上准教授は、第4項が必須としているわけではなく、「自衛隊が法律で設置されることを明確にするため、4項として「前項の実力の組織及び編成は、法律で定める」という規定を置いてもよい」としている。