湾岸戦争時における自衛隊の海外派遣の法的根拠

平成2年、イラククウェートに侵攻した湾岸戦争の際に、次の事項に対処することついて法的根拠をどこに求めるか問題となった。

  1. 避難民のヨルダンへの本国輸送に自衛隊輸送機による輸送を行うこと。
  2. 湾岸戦争が停戦した後、ペルシャ湾に敷設された機雷の掃海のため、自衛隊の掃海艇を派遣すること。

1については、自衛隊第100条の5に基づき暫定政令を制定することにより、2については、自衛隊法第99条により行うこととし、いずれも新たな立法措置を講ずることはなかったが、こうした対応が国会で問題とされている。
1で問題とされたことは、自衛隊法第100条の5が航空機による輸送の対象を「国賓内閣総理大臣その他政令で定める者」と規定しており、この規定を根拠として制定した政令は、委任の範囲を超えているのではないかということである。つまり、かつて同条に関する国会答弁で、代表列記された国賓内閣総理大臣とかけ離れた者を政令で規定することは予定していないとされており、今回の政令がそのかけ離れたものだという批判であるが、当時の政府の見解は次のとおりである。

かけ離れているか否かは、高位高官であるか否かという社会的地位にのみ着眼して判断すべきものではなく、その者の置かれた状況、国による輸送の必要性その他諸般の事情を総合して判断すべきであるところ、湾岸危機というわが国にとっても重大緊急事態に伴って生じた避難民については、国連の委任を受けた国際機関の要請を受け、人道的見地から国際協力としてこれを輸送することが適当であると認められる場合には、そのような避難民は、航空機を用いて国が輸送する対象として前記代表列挙された者とかけ離れた者であるということはできない(大森政輔『20世紀末期の霞ヶ関・永田町 法制の軌跡を巡って』P103〜)。

2で問題とされたことは、自衛隊法第99条は、敗戦直後に日本近海における機雷の掃海を想定したもので、ペルシャ湾上の掃海までも予定したものではないのではないかということである。しかし、政府は、同条は、掃海任務の地理的範囲について明文の限定をしておらず、船舶の航行の安全確保を図るための一種の警察行動を定めた規定であるため、問題はないとした(前掲書P105〜参照)。
しかし、後藤田正晴氏は、1については、自衛隊法第100条の5を追加したときの政府答弁で居留民の引き揚げには使えないとしたことから、難民に使える理屈がないこと、そして2については、同法第99条の制定の経緯から日本近海に限定されていることから、こうした政府の態度を批判し、「近道をとって物事を運ぼうとするところに、非常に危険を感じる」と述べている(後藤田正晴『政と官』P192〜)。
例規の立案に当たっては、その制定時に想定していなくても、そう読めるのであり、一定の理屈があれば、あえて改正等を行う必要はないと思いがちである。しかし、法解釈に関してであるが、碧海純一『法と社会』(P161)は、次のように記載している。

もともと立法のときにまったく予想されていなかったような、事件の解決を法律に期待することは無理なはなしである。その無理をあえて行なうばあいにはー民法学者来栖三郎教授のたくみな表現を借りればー「法律にない袖を振らせる」ことになってしまう。

なかなか厳しい意見である。