内容は変えないのに題名を変える例(下)

国際連合安全保障理事会決議1874号等を踏まえ我が国が実施する貨物検査等に関する特別措置法」が、旧法案の「北朝鮮特定貨物の検査等に関する特別措置法」という題名にしなかった理由について、平成22年5月19日の衆議院国土交通委員会で、次のようなやり取りがなされている。

○岩屋委員 ……法律名から北朝鮮という国名を削除した理由は何ですか。
○三日月大臣政務官 お答えいたします。 
委員も御指摘いただいたように、この法案は、安保理決議第1718号及び第1874号が、国連加盟国に対し、法案に言う北朝鮮特定貨物の検査その他の措置を要請し、北朝鮮との輸出入禁止品目が発見された場合の押収、処分等を義務づけていることを受けて、同決議を履行するために必要な法的基盤を整備するためのものであり、そのような法案の基本的性格を明確化するための名称をつけさせていただいたということでございます。
○岩屋委員 だから、法案の性格というのは、まさに、北朝鮮の特定貨物というものをきちんと検査せないかぬ、これが法案の性格というか趣旨なわけですから、最初の法律の名前、今の衆法の名前、北朝鮮特定貨物の検査等に関する特別措置法案というのでいいんじゃないですか。なぜ決議を引かなきゃいけないんですか。
○三日月大臣政務官 委員の御主張、御意見は承りますが、委員もいみじくも御指摘いただいたように、安保理決議に基づく北朝鮮特定貨物の検査その他の措置について定めるための法的措置であるという性格を、私たちは政府の意思として明確に示させていただいたということでございます。
○岩屋委員 それでは聞きますが、これまで、特定の国連決議を表題にした立法例というのは過去にありますか。
○西村大臣政務官 お答えいたします。 
過去においては国際連合決議等という文言が入った法律もございますが、今回の貨物検査法案のように、法律の名称に特定の国連安保理決議の番号を用いた法律はないと承知をしております。
○岩屋委員 そうでしょう。だから、過去に例があるのは、国際連合の決議に基く民生事業のため必要な物品の無償譲渡に関する法律というのがあるだけなんですよ。こういう決議の番号を引用したというのはないので、なぜそこでそういう無理をするのかなと私は疑問に思っているわけですよ。 
本法案というのは時限立法じゃないですよね。北朝鮮をめぐる情勢、この北東アジア周辺の情勢というのは、これからも大きく変わる可能性がありますよね。さっきも質問に出ていました韓国船事案というのもあるし、場合によってはまた新たな国連決議というものが採択される可能性がある。私はかなりその可能性は高いと思いますよ。 
もしもですよ、仮定の話で恐縮ですが、韓国船の沈没というのか撃沈というのか、この事案に北朝鮮の関与が疑わしいということになったときに、新たな北朝鮮に関する制裁決議というか国連決議というものが採択される可能性が高い。そのときはどうするんですか、この1874という番号を引用した法律は。そのときに変えるんですか。
○三日月大臣政務官 本法案に言う北朝鮮特定貨物の検査等につき、委員も言われたように、今後事態が変化をし、新たな国連安保理決議が採択された場合には、まず、今御審議いただいておりますこの現行法案の改正の要否について、必要であるのか必要でないのかということについて精査させていただくことになると思いますが、法改正が必要となる場合であったとしても、現行の御審議いただいている法案の名称、「国際連合安全保障理事会決議第1874号等を踏まえ」と定めさせていただいているところから、現行名称を変更することなく対応することが可能であるというふうに考えております。
○岩屋委員 それは、やることが一緒なら、法律の名前がどうであろうが変えなくてもいいというのはそのとおりですよ。だけれども、変わってくる可能性がある、新しい決議が出てくる可能性がある、それが積み重なっていく可能性があるというのがわかっていながら、こういう法律名をわざわざつける必要はないんじゃないの。 
北朝鮮特定貨物の検査等に関する特別措置法案というのがきちんとあれば、決議が出てきたからといって一々慌てる必要もないわけで、そう思いませんか。
○三日月大臣政務官 委員の御指摘、御意見は拝聴いたしたいと思うんですが、今いみじくもおっしゃったように、この現行法案に基づく措置内容というものが変わるのか変わらないのかということについて精査をさせていただくわけでありますから、そういう意味において、私たちは、この名称が「1874号等を踏まえ」ということで、ある程度の広がりを持って定めさせていただいていることで対応可能だというふうに思っております。
○岩屋委員 だけれども、船舶検査という活動に目的を限定した法律なわけですから、北朝鮮に対する制裁内容がつけ加わったとしても、この法案の趣旨、性格というのはそう変わらないはずなんですよ。まあ、いいです。そのことを指摘しておきたいと思います。
(中略)
○岩屋委員 ……法律名から北朝鮮というのをわざわざ外したというところに、私は、何か外交的配慮というものがもしかしてあるのかな、だとしたらそれは余計な配慮だなと。これは、あくまでも制裁法案なわけですね。メッセージを明確にターゲットに向かって出すということが大事なんであって、そういう意味では、わざわざ国名を外しているというところにどういう意図があるのかなと。 
先ほど前原大臣は、拉致問題というか対北朝鮮方針について説明されましたが、対話と圧力、これまで北朝鮮に対して我々はそういう方針で臨んできたんですけれども、鳩山政権の対北朝鮮基本方針は何か我々のときと変えたところがあるんですか。違ったものが何かつけ加わっているんですか。もうちょっとやわらかく北朝鮮に対応せないかぬ、こういうことなんでしょうか。
○三日月大臣政務官 委員の御主張は御主張としてしっかりと承りたいと思うんですが、先ほど前原大臣が答弁されましたように、決して現政権として変えたことはなく、かつ、この法律案については、北朝鮮という国名を削除したことについては、安保理決議1718号及び1874号が各国に対して要請していることをしっかりと明確にするという意思を持って決めさせていただいたということでございます。
○岩屋委員 事の経過からして、前政権が北朝鮮という国名をつけた法律を出して、国会で、衆議院は通過をして、だけれども廃案になった。鳩山政権にかわって、それを名前を変えて出し直したという経緯は、北朝鮮当局はもとより、変な話、国際社会にオープンになっているわけですから、その経過を考えると、やはり北朝鮮に対するメッセージ性というものは弱まったんじゃないですか。なぜわざわざそういうことをしたのかというのが我々の疑念の一つです。……

法令の題名は、その内容を簡潔・的確に表すものでなければならないとされている(大島稔彦『法令起案マニュアル』(P124)参照)。
そうすると、この法案の内容は、北朝鮮特定貨物の検査を行うことであり、国際連合安全保障理事会決議1874号というのは、それを行う背景に過ぎないわけだから、旧法案の題名の方が適当ということになるのではないだろうか。
では、なぜ題名を変えたかというと、やはり政権が変わったので、単に違いを出したいだけであったとしか思えない。それは、平成21年11月20日衆議院国土交通委員会における、前原大臣の次の答弁からも窺えるだろう。

○穀田委員 ……鳩山内閣の提出したいわゆる貨物検査法は、総選挙前の百171国会に麻生内閣が提出し、審議未了、廃案となった北朝鮮特定貨物検査法案から、自衛隊関与の条項、9条2項を削除し、法律名称を国際連合安全保障理事会決議第1874号等を踏まえ我が国が実施する貨物検査等に関する特別措置法案と変更しただけであります。その他、法の目的、定義、各条文は全く同じものであります。  
そこで聞きたいんです。9条2項を削っただけで、あとは旧政府案と変わらないということは、法案の各条項について、前内閣の答弁というのは基本的に引き継ぐということで理解してよろしいでしょうか。
○前原国務大臣 今回、政権交代がありまして、鳩山内閣でこの貨物検査法というものを出させていただいているわけでございます。 
今委員がおっしゃった旧法案の9条の2項のみならず、名称も変更しておりますので、新たな法案を出して、そして鳩山内閣のもとの解釈で答弁をさせていただくということでございますので、そのまま旧政権の解釈を踏襲するということではございません。

ところで、自民党は、議員立法で旧法案と同じ題名の法案を衆議院に提出し、参議院では、政府提出の本法案の題名を修正する議案を出している(いずれも否決)。
たとえ題名がよくないとしても、内容が変わらなければ、それほどこだわる必要はないのではないだろうか。結局、単なる意地の張り合いのような感じがする。