制裁として用いる公表に関するメモ〜育児休業法の例

最近、育児休業法が改正され、制裁として用いる公表制度が取り入れられているので、記載しておく(以前記載した記事については、末尾を参照)。
1 根拠規定
育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律及び雇用保険法の一部を改正する法律(平成21年法律第65号)第1条の規定による改正後の育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(平成3年法律第76号)第56条の2

(公表)
第56条の2 厚生労働大臣は、第6条第1項(第12条第2項、第16条の3第2項及び第16条の6第2項において準用する場合を含む。)、第10条(第16条、第16条の4及び第16条の7において準用する場合を含む。)、第12条第1項、第16条の3第1項、第16条の6第1項、第16条の8第1項、第16条の9、第17条第1項(第18条第1項において準用する場合を含む。)、第18条の2、第19条第1項(第20条第1項において準用する場合を含む。)、第20条の2、第23条、第23条の2、第26条又は第52条の4第2項(第52条の5第2項において準用する場合を含む。)の規定に違反している事業主に対し、前条の規定による勧告をした場合において、その勧告を受けた者がこれに従わなかったときは、その旨を公表することができる。

2 国会審議

<第171回国会衆議院厚生労働委員会(平成21年6月19日)>
古屋(範)委員 ……最近マスコミなどで報道されておりますけれども、育児休業をとったら解雇されてしまったという相談事案が増加をいたしております。厚生労働省の調査によりますと、育児休業に係る不利益取り扱いで労働者からの相談件数は、平成19年度、平成20年度、両者を比較いたしますと、平成19年度で882件に対しまして、平成20年度1,262件と、1.4倍に増加をいたしております。 
今回の改正では、短時間勤務や残業の免除など、子育てをしながら働き続ける上で大変有効な制度が盛り込まれておりますけれども、しかし、せっかくこうした制度が導入をされたとしても、それを使うことによって不利益な取り扱いを受けるといったことがまかり通るようでは、働く側としても安心して使うことができないわけであります。育児休業などの制度を利用したことを理由とする不利益な取り扱いは決して許してはならない、このように思います。その対策についてお伺いいたします。 
また、あわせて、今回の法案においてこうした不利益な取り扱いに対する対策が盛り込まれているのかどうかお伺いいたします。
村木政府参考人厚生労働省雇用均等・児童家庭局長) お答え申し上げます。 
育児休業の取得を申し出た、あるいは取得をしたというようなことを理由にした解雇等の不利益取り扱いは、これはもう育児・介護休業法違反であって、あってはならないことでございます。これまでも、都道府県労働局長により、助言、指導、勧告をして厳正に対処をしてきたところでございますが、先生御指摘のとおり、相談も非常にふえているという状況でございます。 
そうした状況を踏まえて、3月に各都道府県労働局長に対しまして、こうした不利益取り扱いの事案への厳正な対応をしていただきたいということで通達を発出したところでございます。 
具体的には、まず労働者からの相談に丁寧に対応すること、それから、違反があった場合には迅速かつ厳正に対応すること、また、未然防止が大事でございますので、新たに非常に簡単なリーフレットを使いまして、企業へ、こういったことはやってはいけないこと、法違反であるということをお示しするリーフレットを配ること、それから相談窓口をぜひ皆さんに知っていただくということで周知を図ったところでございます。 
こうしたことに加えて、さらに、審議会でも、この育児・介護休業法があるということ、それから不利益取り扱いが禁止をされているということは現行の法律でもそうなんですが、そのことがきちんと担保をされるためにはこの担保措置の強化が大事ではないかということを言っていただきまして、いろいろ議論をしていただきました結果、一つには、育児・介護休業法違反に対する勧告に従わない場合には企業名が公表できるということ、それから、都道府県労働局からの報告徴収に応じない場合、あるいは虚偽の報告を行った場合の過料を創設すること、こういったことを盛り込んでいただきました。 
また、苦情処理や紛争解決の援助のために、都道府県労働局長による紛争解決の援助制度、それから調停制度も新たに創設をしていただくという内容を盛り込んだところでございます。 
こうした制度を使うことによりまして、法の実効性を高め、不利益取り扱いに対して迅速に対応することができると考えているところでございます。
古屋(範)委員 ただいま御説明がございましたけれども、法違反に対する勧告に従わない企業についてその企業名を公表するという、実効性確保のための新しい枠組みが設けられております。 
先ほど申し上げましたけれども、育児休業をとったら解雇された、こういったことは絶対に許すべきではないと思います。就職の内定取り消しに関しても同じようなことがございましたけれども、新たな実効確保措置も十分に活用して、法違反に対しては企業名公表を実際に発動して厳正に対応していただきたい、このように思いますけれども、重ねてもう一度お伺いいたします。
村木政府参考人 御指摘のとおり、育休をとったことによって解雇されるというようなことは本当にあってはならないことでございます。 
私ども行政指導の最終目的は、もちろんその方が職場に復帰できることでございます。そういう意味では、粘り強く指導するということは当然でございますが、やはり最終的な手段がないと、粘り強い指導もなかなか効果を、最終的に非常に悪質な事業主だと発揮をできないということもございます。今回、こういう公表制度ということを法案に盛り込んでいただきましたら、これを機動的に活用して、そういった事業主にしっかり対応していくことができるというふうに考えております。しっかりやっていきたいと考えております。
   (略)
岡本(充)委員 ……その上で、今度は厚生労働省の方に、大臣にお伺いするんですが、今回、先ほどもちょっと指摘がありましたけれども、法改正に当たって幾つかの問題点が私はあると思っています。その一つが罰則についてです。法の56条の2及び68条において、厚生労働省の勧告に従わない場合の企業名の公表、及び厚生労働大臣の求めに応じず、または虚偽の報告をした事業主に対する20万円の過料という話があるんですね。 
先ほどもちょっとお話をしましたけれども、総括をした上でいろいろな施策を実行していくという話なんですが、他の法令と比べてこの制度はどうかなと。きょう通告していませんから、大臣、そんな紙を見ていただかなくても、大きな議論をしますから心配されずに、私の趣旨は御理解いただいた上で、ちょっと大きな議論をしたいと思います。 
他の法令と私は比較しました。きょうは通告もしていないので、資料も紙もお渡ししていません。いつもなら私は資料を用意して出すんですが、そういう事情で出していないので、委員の皆さんには口頭で大変恐縮ですが、例えば食品衛生法、大臣の所管のところです。それからJAS法、これは農林水産省。また、不正競争防止法、これは経産省所管でありますけれども、法人に対してだと例えば1億円の罰金、また個人に対しては、2年以下の懲役または200万円以下の罰金や、1年以下の懲役または100万円以下の罰金などというような規定がそれぞれあります。
例えばJAS法の方でいいますと、27条の4号には、「第20条第2項の規定による報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、又は同項若しくは第20条の2第2項の規定による検査を拒み、妨げ、若しくは忌避した者」に対しての50万円以下の罰金。者に対してですね、罰金です、過料ではありません。それから、28条の方には同様にまた、その代理人、代表者、使用人その他の従業者は、50万円以下の罰金という項目もあります。
ちなみに、過料といわゆる罰金の差は何なのか。いわゆる行政罰だから過料なんだというけれども、これ自体が本当に効果を持つのか。要するに、いわゆる罰金、刑罰としての科料とそれから過料、こういうお金の区別があるわけでありますが、金額を含め、こういう仕組みも含め、例えばJAS法なんかの場合には、その検査の妨げをしたということをもって今の罰金になりますし、また法人においては1億円の罰金が科せられることもあるわけです。 
先ほども郡委員の方からありましたけれども、名前の公表ということだけで本当に改善がなされるのかということ。ちょっと使用者側に厳しい話からスタートをして恐縮でありますけれども、そこを私は考えているんです。 
ちなみに、JAS法の中で過料があります。それは何かといったら、検査に来た担当者が名札の表示をしなかった場合には20万円の過料なんです。検査に来た担当者が名札の表示をしなかった場合、これは第30条に書いてあります、これで20万円の過料。 
これと同じ程度の罰則でいいのかということを含め、私は、今回はこの法律を出されたということでありますが、速やかに、再度の改正を含め御検討されるべきじゃないかと思うわけですね。 
これで実効性が上がるかどうかをまず見てからと多分大臣は言われるんだろうと思います。しかし、実効性が上がるかどうかというのは大体推測はつくわけですね。ステップが必要だとはいいます、確かにJAS法だって改正を重ねてここまで来た。しかし残念ながら、それ以前のいわゆるペナルティーではなかなか実効性が上がらなかったという反省に立っているわけでありますから、他法令と比較をしてとよく言われるのであれば、こういった法令とも比較をしながら、いわゆるこの罰則規定について考えるべきではなかったかと私は考えるのですが、大臣のお考えを聞きたいと思います。
舛添国務大臣厚生労働大臣 まず、法律をつくる目的は何か、行政罰の処分、刑事罰、こういうことの罰則規定は何のためにあるか。 
それは、だれかが人を殺した、人を傷つけた、それを捕まえて罰するためにあるのではなくというか、それもありますけれども、やはり抑止ということがあると思うのですね。そうすると、抑止効果を最大限に発揮させるための一番いい方法は何か。例えば、罰金さえ払えばいいのか、ああ、では払ってそれで終わりだというのと、企業名の公表というのは物すごいインパクトがあります。 
それで、私が労働法制の実施を担当していますけれども、例えば派遣切りや何かのいろいろな問題があるときに、これは先般、小池さんや志位さんたちから、しょっちゅう企業の名前を挙げて共産党の皆さん方から言及されますけれども、現実にまず労働基準局が入る、そして是正勧告をやる。相当、ほとんど変わります。 
いよいよ言うことを聞かないときに罰を科しますけれども、要するに変えることが目的なので、育児休業についての、育休切りを含めてそういうことをやらせないことが目的であって、それは企業名の公表というのはすごい効果があっていますよ。あの内定取り消しがまさにそうで、言ってきた瞬間に厳しい指導をしたら、九十何%変わりますからね。ですから、そういうことを考えて、行政の罰というか行政指導の場合は、今回はこういう形がいいだろうというふうに思っています。 
私は、今の日本社会でこれだけマスメディアが発達しているときには、企業名の公表というのはすごい効果があるというふうに思っていますので、しかし、そういうものを実際実施してみて、全く意味がないということになれば、それはまたこの国会で法律を変えればいいわけですから。私はそのように考えています。

3 コメント
2007年12月8日付け記事「制裁として用いる公表に関するメモ(1)」で便宜的に整理したときの分類でいうと、「3 特定の行政目的を実現するためには、罰則を用いるよりも粘り強く行政指導等を行うことが適当との判断で、勧告・公表を行うこととしているもの」に該当する。労働法の分野におけるこのような公表の用い方は、定着したものとなっている感じがする。
なお、2008年1月5日付け記事「制裁として用いる公表に関するメモ(10)」で、国会には罰則志向なるものがあるといったことを記載したが、上記の国会審議においても、そのことが窺える。
(参考) 以前記載した関連記事