住民投票法案
住民投票法案:策定へ 条例、自治体に義務付け−−政府
政府は、住民投票の結果を地方自治体の意思決定に反映させるため、「住民投票法案」の策定作業に入った。早ければ次期臨時国会に法案を提出し、成立を目指す。住民投票は住民の意思表明手段として活用されてきたが、投票結果が受け入れられないケースもある。鳩山由紀夫首相は施政方針演説で「今年を地域主権革命元年とする」と述べるなど、地方分権改革を内閣の「一丁目一番地」に位置付けており、住民投票法制定で政権の姿勢を印象づける狙いもある。
住民投票の実施に必要な住民投票条例の制定は従来、地方自治体に任されていた。常設の住民投票制度を条例として制定した自治体は広島市など数えるほどで、住民がさまざまなテーマで自由に住民投票の実施を求めるのは難しいのが実情だ。
法案は、民主党が00年に衆院に提出し廃案となったものをベースに検討を進めている。すべての地方自治体に住民投票条例の制定を義務付けるほか、人口に応じた一定の有権者の署名により、住民投票の実施を自治体に義務付けることなどを想定している。
ただ、投票結果に法的拘束力を持たせることには慎重意見が強く、自治体の尊重義務になる見通し。一方、条例の制定・改廃についての住民投票は、議会の同意を得た場合、結果に拘束力を持たせることも検討している。
住民投票条例を巡っては、新潟県旧巻町で96年に条例に基づく全国初の住民投票が、原発建設計画の賛否をテーマに行われた。投票結果に法的拘束力はなかったが、反対が6割を超え計画は最終的に撤回された。その後、沖縄県が米軍基地の整理縮小などを問う住民投票を実施するなど、各地でブームとなった。
しかし、名護市で97年に実施された海上ヘリポート建設を巡る住民投票で、反対が過半数を占めたにもかかわらず市長が受け入れを表明するなど、結果が反映されないケースが続発。ブームは下火となった。住民投票法の制定は、民主党の衆院選マニフェストに入っていないが、「09年政策集」に盛り込まれている。
毎日新聞 2010年1月31日
この新聞記事に記載されている過去に提出された法案というのは、第147回国会に提出されている衆第35号のことだと思われるが、次にその全文を掲げる。
住民投票法案
(目的)
第1条 この法律は、地方公共団体が住民投票の制度を設けることにより、当該地方公共団体における行政に住民の意思をより的確に反映させることができるようにし、もって住民の福祉の増進に資することを目的とする。
(定義)
第2条 この法律において「住民投票」とは、一定の事項についての住民の賛否その他の意見の投票(一の地方公共団体のみに適用される特別法の制定のための投票及び地方自治法(昭和22年法律第67号)の規定による直接請求に基づく投票を除く。)をいう。
(制度の整備)
第3条 普通地方公共団体及び特別区(以下「地方公共団体」という。)は、次条に定める基本を踏まえ、住民投票の制度を設けるものとする。
2 住民投票に関し必要な事項は、条例で定めるものとする。
(制度の基本)
第4条 住民投票の制度の基本は、次に掲げるものとする。
(1) 住民投票に付する事項は、条例の制定若しくは改廃又は地方公共団体の住民の福祉に重大な影響がある事項とすること。
(2) 投票権を有する者は、当該地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有する者とすること。
(3) 住民投票は、次に掲げる場合に実施するものとすること。
イ 投票権を有する者の総数を次の表の上欄に掲げる人数に区分してそれぞれの人数に同表の下欄に掲げる割合を乗じて計算した人数を合計した人数を上限として条例で定める人数以上の投票権を有する者の連署をもってする請求があった場合
10万人以下の人数 100分の15 10万人を超え50万人以下の人数 100分の10 50万人を超える人数 100分の2 ロ 議会の議決があった場合
(4) 地方公共団体は、住民投票の結果を尊重しなければならないものとすること。
(5) 地方公共団体は、住民投票に付される事項に関し、その保有する情報を積極的に公開するものとすること。
(6) 住民投票の実施についての第3号イの請求は、同一の事項について実施された住民投票の日から2年間は、することができないものとすること。
(7) 地方公共団体は、住民投票が適正に行われることを確保するため、買収の禁止その他必要な規制の措置を講ずるものとすること。
(条例の制定手続の特例)
第5条 条例の制定又は改廃の住民投票については、条例の定めるところにより、あらかじめその結果により条例の制定又は改廃の効果を生ずる旨の議会の議決を経た場合においては、当該効果を生ずるものとすることができる。
2 前項の条例においては、同項の議会の議決を経て実施される住民投票の効力に関する不服申立ての制度を設けるものとする。
附 則
(施行期日)
第1条 この法律は、公布の日から施行する。
(地方自治法の一部改正)
第2条 (略)
上記の法案では、常設型の住民投票条例を自治体が制定することを義務付けているのだと思われる。
住民投票の効果をどのようにするかについては、いろいろ意見があると思われるが、それ以外の常設型の住民投票条例を設ける際の大きな論点としては、どのような事項を住民投票の対象とするかということにあるのではないだろうか。
それを考える上で、これまでどのような内容の住民投票が行われてきたかを見てみると、ウィキペディア
によると、次のとおりである。
- 新潟県西蒲原郡巻町(現新潟市・1996年8月):巻原子力発電所建設の是非を問う。*1
- 沖縄県(1996年9月):日米地位協定の見直し及び米軍基地の整理縮小に対する賛否を問う。
- 岐阜県可児郡御嵩町(1997年6月):産業廃棄物最終処分場の建設の是非を問う。
- 沖縄県名護市(1997年12月):在日米軍普天間基地返還に伴う代替海上ヘリポート建設の是非を問う。
- 徳島県徳島市(2000年1月):吉野川可動堰の建設の是非を問う。
- 新潟県刈羽郡刈羽村(2001年5月):原子力発電所のプルサーマル計画導入の是非を問う。
- 埼玉県上尾市(2001年7月):さいたま市との合併の是非を問う。*2
- 滋賀県坂田郡米原町(現米原市・2002年3月):市町村合併の是非及び枠組みを問う。「坂田郡での合併」が最多となる。*3
- 秋田県由利郡岩城町(現本荘市、2002年9月):市町村合併の相手先を問う。*4
- 長野県下伊那郡平谷村(2003年5月):対象市町村を特定せずに、市町村合併の是非を問う。*5
- 宮城県志田郡三本木町(現大崎市・2004年8月):古川市、志田郡松山町・鹿島台町、遠田郡田尻町、玉造郡岩出山町・鳴子町との合併の是非を問う。
- 山口県岩国市(2006年3月):在日米軍再編に伴う厚木基地からの空母艦載機移転受け入れの是非を問う。
現在常設型の住民投票条例を有している自治体がそれを制定した背景は承知していない。
しかし、これまで実際に住民投票が行われた事例は、上記のとおり主としていわゆる迷惑施設の受入の是非と合併の是非を問うものである。
実際、上記法案では、条例の内容をどのようなものにするかに関する規定はなく、そうすると、現在検討されている法案の内容が上記のようなものだとすると、その程度のものであれば、現在でも自治体独自に制定できるのであるからどれほどの意味があるのかよく分からない。
都道府県レベルのことを考えると、都道府県が住民投票を実施しようとするのであれば、法律でスキームを作ってもらった方が実務はやりやすくなるのは事実であろう。しかし、実際に住民投票が行われている例を見ると、都道府県が住民投票を実施するということは、ほとんど想定できないように感じる*6。
結局、上記の程度のものであれば、その条例の制定を義務付けることが地域主権だとはとても思えないのだが、どうだろうか。