基本法の運用上の留意事項を規定する法律

平成23年6月24日に公布された「津波対策の推進に関する法律」(以下「津波対策法」という。)は、東日本大震災津波により多数の人命を奪ったことから、この惨禍を2度と繰り返すことのないよう、津波対策に万全を期するため制定された法律である。
津波対策法第3条第1項は、他の災害関係の法律との関係について次のように規定している。

(この法律の趣旨及び内容を踏まえた津波対策の実施)
第3条 国及び地方公共団体は、災害対策基本法昭和36年法律第223号)、地震防災対策特別措置法(平成7年法律第111号)その他の関係法律に基づく災害対策を実施するに当たっては、この法律の趣旨及び内容を踏まえ、津波対策を適切に実施しなければならない。
2 (略)

この規定について、立案担当者は、次のように解説している。

本法は、津波対策に関し、災害対策基本法地震防災対策特別措置法等の関係法律の根拠条文を維持した上で、その適用上の留意事項を規定する、という構成をとっている。本項は、本法とこれらの他の法律の「つなぎ」として、このような関係を示した規定である。本法がこのような基本構成を採用した趣旨は、他法に根拠のある事項(例:災害対策基本法の防災計画、災害予防、応急災害対策等)については他の自然災害との共通部分が多く、改めて規定すると重複することや、津波地震が同時に起こる場合が大半であり、両者を明確に区別することが困難であること等から、根拠規定を本法に移すことは不適当との判断によるものである(衆議院法制局第四部第二課 井上和輝「ソフト・ハード面を併せた総合的な津波対策の推進 津波対策の推進に関する法律」『時の法令(NO.1897)』(P21〜))。

気になるのは、津波対策法が災害対策基本法という基本法の適用上の留意事項を規定するとしている点である。
基本法については、法令上の定義規定は存在しないが、国会における衆議院法制局職員の答弁では、「国政の重要分野について進めるべき施策の基本的な理念や方針を明らかにするとともに、施策の推進体制等について定めるもの」とされている(塩野宏基本法について」『行政法概念の諸相』(P25)参照)。そして、基本法は、「直接に国民の権利義務に影響を及ぼすような規定が設けられることはまれで、通常、その大半は、訓示規定か、いわゆるプログラム規定で構成される」(吉国一郎ほか『法令用語辞典(第9次改訂版)』(P134)ものとなっている。したがって、基本法の規定を実現するための実施法として別の法律の制定を予定し、実施法の考え方を基本で規定することはあっても、基本法の適用上の留意事項を他の法律で定めるということは通常は考えられないことになる。
ただし、災害対策基本法は、自己完結的な内容を持っており、権利義務に関する規定を有し、罰則も規定しているなど、基本法の中でも例外的なものとなっているため*1、このような扱いとしたのかもしれない。
しかし、災害対策基本法があくまでも基本法である以上、災害対策法に津波対策の実施法としての津波対策法の考え方を規定することで、災害対策基本法津波対策法との関係を明確にすべきであっただろうし、それは立法技術的にも可能だったように思う。この点で、津波対策法は、災害法制の体系を複雑にしてしまったように感じるのである。

*1:塩野前掲書(P34)は、「災害対策基本法は、基本法の名前はもっているが、基本法の標準から外れるところがある」としている。