いわゆる私的諮問機関に関する判例について(3)

3 平成21年6月4日広島高裁岡山支部判決(平成20年(行コ)第8号)(第1審:平成20年10月30日岡山地裁判決(平成19年(行ウ)第6号))
 (1) 対象
町内会における住民間の対立等の混乱が生じたため、専門的な知見を有する第三者から幅広い意見を聴取し、それを参考として解決策を見いだすため、岡山市が設置した「自治組織に関する検討委員会」
 (2) 活動内容
本件委員会は、平成18年7月5日から同年9月28日までの間に、9回開催されている。本件委員会には、委員らの外に、岡山市の職員らも、司会、書記などとして出席していた。
本件委員会は、その第1回目から、本件町内会及び新町内会の関係者から両町内会間の紛争の経緯について事情を聴取し、これに関連する資料の収集を行っている。そして、各委員らは、両町内会の関係者及び岡山市の職員らに対して、両町内会の紛争及び町内会に対する市の関与のあり方について意見を述べている。その中で、各委員らは、両町内会の関係者に対し、新町内会結成派が本件町内会に復帰するという方向で解決するよう説得を試みている。さらに、委員会が開催されていない時にも、委員の1人が、両町内会の所在する地域の調査を行っている。
本件委員会の委員らは、両町内会の紛争への対処方法について協議し、委員らの意見の取りまとめを行った。そして、本件委員会は、最終的に、平成18年9月30日、上記の問題に関する検討結果について報告書(以下「本件報告書」という。)を取りまとめ、岡山市長に提出した。本件報告書には、本件委員会が調査して確認した両町内会の紛争の経緯や、両町内会の紛争に対して岡山市が講じるべき措置についての意見等が記載されている。
 (3) 市の主張(原文)
地方自治体には、法律又は条例に基づかない私的諮問機関を置くことが許されている。複雑化・高度化・専門化し、かつ、広範にわたる行政需要に対して即座に合理的に対応するためには、執行機関限りで設置することができる私的諮問機関が必要である。そして、ある機関が附属機関に該当するか否かは、実質的に地方公共団体の行政組織に該当するようなものか否かという観点から判断されるべきであり、当該機関の設置が恒常的なものではなく、臨時的又は時限的なものであり、また、当該機関が取り扱う事項が特定の事項に限られるような場合には、実質的に議会の関与を必要としないから、附属機関に該当しないというべきである。本件委員会は、次の理由から、附属機関に当たらない。
  ア 本件委員会は、岡山市大窪地内の町内会における紛争の解決という特定の単一の事案のみを対象として、臨時的に設置されたものであり、その設置期間は短期間とすることが予定されていた。実際に本件委員会が開催されたのも、3か月弱の間である。
  イ 本件委員会は、住民の権利義務に影響を与えるような権限行使をするものではない。
本件委員会の主たる任務は、大窪地内の町内会の紛争の解決のために意見を求めることにあり、町内会を町内会名簿に搭載するか否かの検討を任務としていたわけではなく、本件委員会が出した意見は、住民の権利義務に影響を与えるものではない。
町内会が町内会名簿に搭載されても、直ちに自治振興報償金の請求権が付与されるものではないから、町内会の極めて重要な権利及び資格に影響を及ぼすものではない。
  ウ 本件委員会は、調停業務を行ってはいない。
 (4) 裁判所の判断(原文)
  ア 地方自治法138条の4第3項は、「普通地方公共団体は、法律又は条例の定めるところにより、執行機関の附属機関として自治紛争処理委員、審査会、審議会、調査会その他の調停、審査、諮問又は調査のための機関を置くことができる。」と規定している。同条項は、普通地方公共団体が、任意に附属機関を設け得ることを認めるとともに、附属機関を置く場合は必ず法律又は条例によらなければならないことを定めたものであり、各執行機関において規則、規程、要綱その他の内部規律に基づいて附属機関を設置することはできない。
附属機関とは、執行機関の要請により、行政執行のために必要な資料の提供等行政執行の前提として必要な調停、審査、諮問、調査等を行うことを職務とする機関であり、その名称は問わない。
  イ 上記認定事実のとおり、本件要綱において、本件委員会の所掌事務は自治組織についての諸問題の調査検討等であるとされている。実際の活動においても、本件委員会は、本件町内会と新町内会の関係者から事情を聴取するなど、調査活動を行っている。そして、本件委員会は、委員会としての意見を取りまとめ、本件報告書を作成して、岡山市長に提出した。本件委員会の庶務は、市民局市民企画総務課で行われており、これは附属機関と同様の扱いである。以上によれば、本件委員会は、諮問、調査等を行う合議制の機関としての実態を有しており、地方自治法138条の4第3項所定の附属機関に当たるというべきである。
この点について、被告は、ある機関が附属機関に該当するか否かは、実質的に地方公共団体の行政組織に該当するようなものか否かという観点から判断されるべきであり、本件委員会は岡山市大窪地内の町内会における紛争の解決という特定の単一の事案のみを対象として、臨時的に設置され、その設置期間は短期間とすることが予定されていたのであるから、私的諮問機関に当たると主張する。しかしながら、上記のとおり本件要綱上、設置期間の定めはないから、設置期間がもともと短期間であったとまで一概にいえない。また、……岡山市は、平成18年7月4日に本件委員会を設置し、同月5日から検討委員会を開催し、同月14日及び同月24日等に両町内会関係者から事情聴取をし、その後同年9月までの間に本件委員会を重ねて、本件町内会に係る紛争に対して、岡山市のとるべき態度、解決策について協議し、関係者に歩み寄るよう説得するなどした後、同年9月30日に本件報告書を作成して岡山市長に提出し、その後何らの活動もしていないことが認められ、これらの事実からすれば、確かに本件委員会は、本件町内会における紛争の解決を主たる目的として設立されたと推認されるが、他方、……岡山市は、自らが作成している町内会名簿に登載された町内会に対して、一定の報償金を支払っており、また本件町内会内の紛争によって、本件町内会を脱退した者の家庭ごみの収集や岡山市の広報誌の配布に支障が生じ、平穏な市民生活に影響が懸念されたことについて、岡山市の担当職員は、本件町内会の紛争の調整に乗り出したものの解決に至らず、本件委員会はそれを引き継いで、関係者からの事情聴取や調整活動を行い、本件報告書において、一定の解決案を示したといえる。
以上によれば、本件委員会が取り扱った紛争は、本件町内会の会員の市民生活や本件町内会の実質的な権利義務に相当大きな影響があると認められる事項であるところ、本件委員会の調査、調整活動やその意見によって、事実上その後の岡山市のこれらへの対応の方向性を大きく左右する関係にあると考えられる。
地方公共団体におけるどのような機関が、地方自治法138条の4第3項所定の附属機関として、設置されるにあたり、法律又は条例によらなければならないとすべきかについては、学説上争いがあるものの、少なくとも、住民の権利義務に影響を及ぼす権限行使の前提となる調停、調査、諮問等を行う機関については、同項所定の附属機関に当たると解するべきところ、上記のとおり、本件委員会の取り扱った事項は、関係住民や本件町内会の実質的な権利義務に相当な影響のある事項であると認められることからすれば、本件委員会は、同項所定の附属機関に当たることに疑問の余地はない。また、本件委員会は、岡山市の吏員のみによって構成されるものとは異なり、外部の第三者である委員5名により構成されていることに照らすと、岡山市の執行機関とは別個の組織に該当するものであり、その設置は条例で定めなければならない。
 (5) 第1審の判断(原文)
確かに、本件委員会は、上記の紛争の実態についての調査及びその解決に資する意見の聴取等を主眼として設置されたものである。しかしながら、本件要綱において、本件委員会の設置目的は、特定の単一の問題の解決のみとされておらず、むしろ自治組織のあり方についての意見聴取及び自治組織の諸問題の解決に向けた意見の聴取という一般性のある設置目的が定められており、設置期間について特段の定めはない。そして、上記紛争に関しても、地域住民の福祉を損なうものとして認識され、岡山市職員が長期にわたって解決のための働き掛けなどを行っていたのであるから、その解決を主眼として設置された本件委員会は、同市職員とともに又はこれに代わって実質的な行政活動を行うことが期待されていたものであり、実質的に岡山市の行政組織に該当するようなものということができる。また、同市職員による長期にわたる働き掛けにもかかわらず、解決のめどが立たなかったというのであるから、設置の際において、本件委員会の活動が短期間で終わることが予定されていたともいえない。
さらに、被告は、本件委員会は住民の権利義務に影響を与えるような権限を行使するものではないと主張するが、附属機関には、調停、審査、諮問又は調査という幅広い役割が定められていること(地方自治法138条の4第3項)にかんがみれば、住民の権利義務に影響を与える権限を有するか否かによって、附属機関に当たるか否かを判断することはできないというべきである。
 (6) 判例に対する見解
市の主張は、当該機関が附属機関に該当するか否かは、実質的に地方公共団体の行政組織に該当するようなものか否かという観点から判断されるべきであり、その判断基準として臨時的又は時限的なものであり、また、当該機関が取り扱う事項が特定の事項に限られ、住民の権利義務に影響を与えるものではないような場合は行政組織に当たらないというものである。
これに対し、第1審、控訴審とも、本件委員会が臨時的又は時限的なものか否かについては、これを否定している。このことは、単に当事者の主張を否定しただけなのか、臨時的又は時限的なものであれば条例を根拠とすることを要しないと考えているのかは、必ずしも明確ではない。
また、当該機関が取り扱う事項が特定の事項に限られ、住民の権利義務に影響を与えるものではないような場合は行政組織に当たらないとの主張については、控訴審は本件委員会が取り扱った事項は住民の権利義務に影響を与える事項であるとしたのに対し、第1審は住民の権利義務に影響を与える事項を扱うかどうかは附属機関であるかどうかの判断には関係がないとしている。私は、附属機関が扱う事項は住民の権利義務に影響を与える事項であるとする学説を確認していないのだが、法第202条の3第1項の文理からするとそこまで言うことはできず、第1審程度の判断で十分ではないかと感じる。
なお、控訴審は、本件委員会の庶務を市の内部機関で行っていることを本件委員会が附属機関に当たる一つの理由としている。これは法第202条の3第3項を意識していると思われるが、逆は必ずしも真ならずと言われるように自治体の内部機関が庶務を行っているものは私的諮問機関ではないとは到底言えないであろう。
以上のとおり控訴審はかなり慎重な判断をしているが、これは、市の首長を否定すれば、とりあえず本件委員会は違法であると言えるからということなのかもしれない。