直接強制と即時強制

人の身体に直接実力を行使する仕組みとして、直接強制と即時強制があるが、自治体の条例においては、行政代執行法第1条の解釈から、前者の制度は設けることができないと解されている(鈴木潔『強制する法務・争う法務』(P88)参照)。したがって、条例における義務履行確保の仕組みにおいて、両者の位置付けには大きな違いがあることにある。
直接強制と即時強制の違いは、義務を賦課するか、しないかに求める見解が一般的であるが(須藤陽子『行政強制と行政調査』(P170)参照)、即時強制が学説上、目前急迫の障害を除く必要上義務を命ずる暇がない場合又はその性質上義務を命ずることによってはその目的を達成しがたい場合に限って行使が可能とされていることからすると(鈴木・前掲書(P88)参照)、義務履行確保の仕組みとして、直接強制を用いるべきか、即時強制を用いるべきかは、その性質によっておのずと決まってくるはずであるが、実際はそうでもないようである。
例えば、平成10年に制定された「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下「感染症法」という。)には、次の規定がある。

(健康診断)
第17条 都道府県知事は、一類感染症、二類感染症、三類感染症又は新型インフルエンザ等感染症のまん延を防止するため必要があると認めるときは、当該感染症にかかっていると疑うに足りる正当な理由のある者に対し当該感染症にかかっているかどうかに関する医師の健康診断を受け、又はその保護者(親権を行う者又は後見人をいう。以下同じ。)に対し当該感染症にかかっていると疑うに足りる正当な理由のある者に健康診断を受けさせるべきことを勧告することができる。
2 都道府県知事は、前項の規定による勧告を受けた者が当該勧告に従わないときは、当該勧告に係る感染症にかかっていると疑うに足りる正当な理由のある者について、当該職員に健康診断を行わせることができる。
3・4 (略)

感染症法第17条第2項は、即時強制を定めた規定であるとされているが、須藤・前掲書(P168)によると、この法制度を検討した公衆衛生審議会伝染病予防部会基本問題検討小委員会においては、勧告―命令―措置の段階的な対応をとり、直接強制とすることを意図していたが、立法化段階で即時強制に置き換えられたとのことである。
また、感染症法第19条は、強制入院の措置について、上記の健康診断に係る措置と同様の制度を設けているが、この点について、『詳解感染症予防法 改訂版』では、「感染症患者が、入院勧告に従わない場合、それに続いて、入院命令を行う方法も考えられるが、こうした方法は感染症のまん延防止の観点から迂遠であることから、入院勧告に従わない者に対しては、入院命令を経ずに、強制的な入院措置を講ずることとする」と説明している(須藤・前掲書(P171)参照)。しかし、2段階の対応が迂遠であるのであれば、単に、命令―措置の対応にすれば足りるのであり、即時強制にする必然的な理由はないことになる。
感染症法の上記の仕組みを参考にすれば、条例において直接強制の仕組みとなることを避けるためには、あえて義務を賦課しないこととして、即時強制の仕組みを設ければいいことになる。このようなことが許されるのであれば、自治体としては義務履行確保に当たって取り得る選択肢が広がることになる。
しかし、このような考え方の適否はともかくとして、例えば、上記の感染症法と同様、勧告―措置の仕組みを設けた場合、勧告であれば必ず処分性がないとされるわけではないことを考えると*1、安易にこうした仕組みを設けることは適切とは言えないであろう。

*1:医療法に基づく病院開設中止の勧告に処分性を認めた最高裁平成17年7月15日判決参照