自治体の例規審査に関する一考(下)

自治体で例規審査を担当した人は、多かれ少なかれ国におけるやり方というものを意識するのではないかと思う。内閣法制局における審査について、松永邦男ほか『自治立法』(P335)では次のように記載されている。

内閣法制局における審査は、審査担当参事官と所管府省の担当者との会議の形式で行われる。担当者から原案に関して逐一説明が行われ、これに引き続いて質疑応答、問題点の検討等が行われる。その結果により、原案の修正が進められる。このプロセスは1回で終わることは稀であり、通常は、2回、3回と同様の作業が積み重ねられ、原案が固められていくこととなる。成案に達するまでには、かなりの時間を要するものである。
この審査の内容は、……憲法及び他の現行法令との整合性、立法内容の法的妥当性はもちろんのこと、立案の意図が法文上に正確に表現されているかどうか、条文の配列等の構成はどうか、用字・用語の使い方は誤りがないかなど、あらゆる点について行われるものである。

上記の審査の内容として挙げられている事項を、「憲法及び他の現行法令との整合性」と「立法内容の法的妥当性」のグループと「立案の意図が法文上に正確に表現されているかどうか」、「条文の配列等の構成はどうか」、そして「用字・用語の使い方は誤りがないか」のグループに大きく分け、前者を「立法内容の審査」、後者を「法文の審査」と呼ぶことにする。
自治体の例規審査部門の役割は、分権前は法文の審査が主であり、立法内容の審査が必要な例規は少なかったのではないかと思う。しかし、分権後において、条例を政策のツールとして積極的に活用していこうとするのであれば、立法内容の審査も必要になってくる。そして、例規審査部門のあり方としては、早坂剛『条例立案者のための法制執務』(P145)では次のように記載されている。

法令審査課においては、原課が策定する政策形成の過程から参加し、法的側面から意見を述べ、原課と協同して条例・規則を立案する体制をつくることが大事であると思う。

この法的側面からの支援というものをどの程度例規審査部門で行うべきかというのは、難しい問題である。例規審査部門は、多かれ少なかれ保守的になりがちである。国においても、次のように内閣法制局が積極的施策の意欲にブレーキをかけた事例が指摘されている。

○ 全国の消費生活センターに寄せられる苦情相談で、契約に関するものは年間62万件の全苦情のうち約7割に達するという。安易に契約書にサインしたり印鑑を押したりするケースだ。1898年に施行した民法の契約のとらえ方ではこうした事態に対応できないため、新たな民事ルールの検討が国民生活審議会消費者対策部会で進められてきた。
この部会が99年1月に報告書を提出し、それを受けた経済企画庁消費者契約法案という新法の素案を同年9月にまとめた。ところがこれが報告書の内容を部分的にしか反映しておらず、消費生活センターの相談員に大変な不評をかったのである。
報告書に盛り込まれていた、消費者に不利益な重要情報が伝えられなかった、脅されて契約させられた、といった場合に消費者に契約取り消し権を認める項目や、「消費者に不当に不利な契約条項は無効とする」一般条項はカットされた。この「不当条項」はEUの指令や韓国の消費者約款法では採用されている。
なぜ経済企画庁消費者契約法案の内容を後退させたのか。実は、内閣法制局の審査がそこに立ちはだかっていたのである。庁内の関係者は、「実は内閣法制局民法の体系を守ることに熱心な担当者がいて、説得できないために、素案の内容が後退を余儀なくされた」と打ち明ける。(西川伸一『立法の中枢知られざる官庁新内閣法制局』(P183〜))
○ 河川・湖を汚染する生活雑排水……対策として、下水道が供用されていない地域で住宅を建てるときは、これらの汚水をも処理する合併処理浄化槽……の設置を義務づけるべきだという阿部説に対して、内閣法制局は、環境庁の担当者に対し、下水道が供用されている地域と比べて不平等であり、財産権を侵害するなどといって、ダメとしたようである(設備産業新聞1991年10月29日)。しかし、汚水の自己浄化義務づけは、ドイツやアメリカではすでに行われていることであり、財産権の内在的制約……で、合理的な行政施策だと思う。
2000年になって、浄化槽対策議員連盟が単独処理浄化槽を廃止して、新設のさいには合併処理浄化槽の設置を義務づける法律を議員立法で提案して成立させた。内閣法制局を通せばダメでも、議員立法ならできるのである。(阿部泰隆『こんな法律はいらない』(P156〜))

現在は、立法内容の検討に当たっては、審査会等を設けて外部の有識者等を活用するケースが多いと思う。したがって、例規審査部門における立法内容の審査の必要性は、その分減少するであろう。
しかし、地方自治法地方公務員法等の自治基本法的なものとの整合は、例規審査部門において主体的な役割を果たすべきではないかと思う。例えば、今は行政不信のせいか、行政において意思決定をする際に第三者機関の意見を聴けというようなことが言われるが、第三者機関といっても自治体の組織として位置付けるのであれば、せいぜい附属機関とせざるを得ないのにもかかわらず、何か執行機関のようなものとすべきだという意見が平気で出されることがある。これは、必ずしも行政法特に地方自治法等に詳しい人をその委員等に選任できるとは限らないということから生じる弊害であろう。
以上により、自治体の例規審査部門においては、法文の審査と法令のうち地方自治法等との整合性に関する審査を行うこととするのが現実的のような感じがする。
なお、例規の立案については、あくまでも原課が一義的な責任を持つべきであるが、その際に最も重要なのは、規定しようとする施策がほんとうに必要かどうかの判断であり、それは必ずしも法的なものの考え方をしなければいけないというものでもないであろう。広島市暴走族追放条例に関する2007年9月18日の最高裁判決も、結果的には合憲とされているのである。