薬害肝炎に関する救済法案に関する雑感

薬害肝炎の問題については、2007年12月23日の福田首相の発言から、議員立法による救済という流れになっている。この立法という側面に着目して、現在のところ感じていることを記してみたい。
なお、この件を取り上げているブログで気が付いたものを、参考として次に掲げておく。

○ 議員立法とすることについて
この救済案は、12月24日毎日新聞配信の記事によると、次のとおりハンセン病問題による解決方法を参考にしたとのことである。

ハンセン病国家賠償訴訟では、原告側全面勝訴を受けて01年5月に政府が控訴を断念。原告側と国との基本合意に基づき、原告は各地裁の和解手続きで和解一時金を、それ以外の未提訴者も議員立法により同額を補償金として支給するという2ルートで解決を図った。
首相の立法指示は、ハンセン病問題での解決方法を参考に、裁判を起こせない患者も含めて議員立法で幅広く救済するとみられる。

薬害肝炎の被害者に補償金を支払うということだけであれば、法律によるのであればもとより可能であり、議員立法でなく内閣提出とすることも可能であろう。
ちなみに、自治体における条例案の提出も、長と議会の両方にあるのだが、一定のものについては長又は議員の一方に専属するものと解されている(松本英昭『新版逐条地方自治法(第4次改訂版)』(P390〜)参照)。これに対し、国の場合は、閣法とするか議員立法とするかについては、かなりファジーなのではないかと思う。
では、今回、なぜ議員立法により救済することとしたのかだが、実は、この記事を書こうと思ったのは、この点について取り上げていた報道番組が、どうにも訳が分からないことしか言っていなかったからである。理由は結構単純で、一番はハンセン病問題の際に議員立法だったからということなのだろうが、それは内閣提出とすると時間がかかるからという、それだけのことだと思う。
ハンセン病問題への対応の際には、「ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律」(以下「ハンセン病補償法」という。)という法律が、第151回国会において衆議院厚生労働委員長が提出し、平成13年6月22日に法律第63号として公布されているが、このように議員立法とされたことについて、次のような答弁がある。

<平成13年6月11日第151回国会衆議院厚生労働委員会
川内委員 ……まず、この補償法案がなぜ議員立法という形で提出をされたのか。
5月25日付で出されております総理の談話の中では、「全国の患者・元患者全員を対象とした新たな補償を立法措置により講じる」というふうな談話が発表されております。これを踏まえるのであるならば、補償法案は、当然総理の責任において内閣提出ということになるのが筋だと私は考えますが、結果として玉虫色で決着をした国会決議に関して、かたくなに立法不作為の責任を盛り込むことを拒み続けた与党のリードでこの補償法案の作成が進んだということについて、釈然としない思いを私は持っております。
聞くところによりますと、この総理談話を受けて、坂口大臣が会見の席で、この補償法案は議員立法でやるんだというようなことをお話しになられたところから、この補償法案が議員立法で提出をされるということが進んでいったという経緯を聞かされております。
大臣に、なぜ議員立法でなければならなかったのか、あるいは、なぜ会見の席でこれは議員立法でやるんだというような御発言をされたのか、内閣の責任が問われているのだから内閣提出でやるというふうに、なぜ御自分の責任でおやりにならなかったのかということに関して、まず一言御所見を賜りたいと思います。
坂口国務大臣厚生労働大臣 最初、これは内閣でやらなければならない法律だというふうに思っていたことは間違いございません。そうこういたしておりますうちに、これはなかなか内閣でやっておりますと時間がかかるし、この国会中になかなかできないということがあってはいけないから、議員立法の方が皆さんにも早くお話し合いをしていただいて早いではないかということになったように記憶しております。
そして、議員立法でやるというお話をいただいたものでございますから、私は、記者会見におきましても議員立法でおやりをいただくようですということを申し上げたわけでございまして、私が言いましたからそうなったのではございませんで、そういうお話を伺ったものですから私が申し上げたわけでございます。
国会の方で手がけた方がよかったというお話でございますが、その辺も、私は御意見は十分わかります。御指摘になりますことは十分に理解できるわけでございますが、ただ、それは今国会中に、我々がやります場合には、補償だけではなくて、いわゆる福祉の問題でありますとか名誉回復の問題でありますとか、そのほかのことも我々としては考えなければならないわけでございますので、我々の方でやるということになれば、ほかのことも検討をして一緒にということに多分なってきたであろうというふうに思います。
そうしますと、だんだんおくれてきて今国会にはできないということになってくるものですから、とにかく議員立法でやるというふうに言っていただいたわけでございますので、補償の方だけは先行して議員立法でお願いを申し上げる。そうしてその後、これから福祉の問題や、それから差別、偏見、その他の名誉回復の問題もすべて含めまして、そうした問題でまた法律としてつくらなければならない問題は何なのか、そして、そうではなくて福祉の問題としてやっていくものは何なのか、選別をしながら、我々としてはやっていきたいというふうに思っている次第でございます。

内閣提出とした場合に時間がかかるということは、その手続に時間がかかるということもあるだろうが、その内容の検討に時間がかかるということもあるだろう。例えば、第166回国会で成立した「厚生年金保険の保険給付及び国民年金の給付に係る時効の特例等に関する法律」は議員立法だが、なぜ議員立法とされたかについて、次の答弁がある。

時効というのは、これは法制度の中ではかなり大事な部分でございまして、国民の社会の法律関係を安定させるといった意味がございます。50年前、100年前、200年前の証文が出てきてお金を払わなければいけないということになりますと、これは社会の安定性というのが極めて怪しくなってまいりますので、社会の法律的な安定性といった観点から時効という制度が設けられておりますし、私が、少なくとも私自身の知識では、こういう債権債務といいますか、お金の貸し借りといった債権債務に関して時効がないという例は恐らくないのではないんだろうかというふうに思います。
そうした意味では、なかなか法律的には相当な決断をしないとこれは法律、法定化できないということでございますし、政府の中には法体系の美しさということにこだわる方というのは実はいらっしゃいまして、そういう方からしますと法体系としては一部美しくない部分も恐らくあるんだろうと思います。そういう中で、じゃ、政府の中でこれ議論したらという仮定の話で申し上げて、5年、10年で本当に結論が出る話なのかなという気が私自身はしております。
そういう中で、こういう年金という制度、そしてまた、政府として徹底的に今後5000万件等々という解決を図っていくという姿勢の中で、時効の問題というのも解決しなければいけない。となると、これはもう政治として決断をしなければいけないということで、今回こういう法律を御用意させていただいた。恐らく、閣法ということではなかなか対応がし切れない、5年、10年掛かってしまうようなものについて我々政治家として決断したと、こういうふうに御理解いただきたいと思います。(平成19年6月12日第166回国会参議院厚生労働委員会、宮澤衆議院議員答弁)

今回の薬害肝炎に関する救済法についても、内閣提出とするのでは内容の検討に時間がかかるという部分もあるかと思うが、その点については後述する。
なお、12月25日産経新聞配信の記事では、「民主党は、小沢一郎代表が25日の記者会見で『仮に法律を制定するなら政府の責任だから政府提案にすべきだ』と政府・与党の対応を批判した」とあるが、単なる牽制であって、本気でそのように思っているとは考えられないのだが。
○ 法案の内容について
 ・ 国の責任を明記することについて
私は、当初は薬害肝炎に関する救済法については、被害者に補償金を支払うということだけ書けばいいのであれば比較的法案化は容易なのだろうが、国の責任を書くということになると結構大変なのではないかという印象を持っていた。
しかし、ハンセン病補償法では、前文を設けてそのことに触れている。そこで、この法律の提案理由と前文を次に記載しておく。

<提案理由>
ただいま議題となりましたハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律案について、その提案理由及び内容を御説明申し上げます。
去る5月11日の熊本地方裁判所におけるハンセン病国家賠償請求訴訟判決について、国は控訴しないことを決定いたしました。これを受け、各会派間で協議を重ね、また、ハンセン病国家賠償訴訟全国原告団及び全国ハンセン病療養所入所者協議会の意見を伺うなどし、衆議院厚生労働委員会において起草、提出したものであります。
本案は、ハンセン病の患者であった者等の置かれていた状況にかんがみ、ハンセン病療養所入所者等のこうむった精神的苦痛を慰謝するとともに、ハンセン病の患者であった者等の名誉の回復及び福祉の増進を図り、あわせて死没者に対する追悼の意を表しようとするもので、その主な内容は次のとおりであります。……(平成13年6月14日第151回国会参議院厚生労働委員会、鈴木衆議院議員衆議院厚生労働委員会委員長)説明)
<前文>
ハンセン病の患者は、これまで、偏見と差別の中で多大の苦痛と苦難を強いられてきた。我が国においては、昭和28年制定の「らい予防法」においても引き続きハンセン病の患者に対する隔離政策がとられ、加えて、昭和30年代に至ってハンセン病に対するそれまでの認識の誤りが明白となったにもかかわらず、なお、依然としてハンセン病に対する誤った認識が改められることなく、隔離政策の変更も行われることなく、ハンセン病の患者であった者等にいたずらに耐え難い苦痛と苦難を継続せしめるままに経過し、ようやく「らい予防法の廃止に関する法律」が施行されたのは平成8年であった。
我らは、これらの悲惨な事実を悔悟と反省の念を込めて深刻に受け止め、深くおわびするとともに、ハンセン病の患者であった者等に対するいわれのない偏見を根絶する決意を新たにするものである。ここに、ハンセン病の患者であった者等のいやし難い心身の傷跡の回復と今後の生活の平穏に資することを希求して、ハンセン病療養所入所者等がこれまでに被った精神的苦痛を慰謝するとともに、ハンセン病の患者であった者等の名誉の回復及び福祉の増進を図り、あわせて、死没者に対する追悼の意を表するため、この法律を制定する。

薬害肝炎に関する救済法に国の責任を明記する場合、一定の責任は当然あるにしても、司法で認められている以上のことまで踏み込んで書くのであろうから、政府、特に厚生労働省に立案しろというのは、立案担当者の立場になって考えてみると、ちょっと酷だと思う。
また、国の責任を明記することについて、次のような記事がある。

○ 自民、公明両党は26日、国会内で「与党肝炎対策プロジェクトチーム」(座長=川崎二郎・元厚生労働相)の会合を開き、薬害肝炎の再発防止策については、与党がすでに国会に提出している包括的な肝炎対策のための「肝炎対策基本法案」に盛り込む方向で一致した。……
同チームで、薬害C型肝炎集団訴訟の原告・弁護団の主張を検討した結果、救済法案では補償など今後の手当てを中心にし、再発防止策は基本法案に盛り込むことで整理することにした。基本法案には、「薬害を繰り返さない決意」を明記する。焦点の「国の責任」については、救済法案に盛り込むこととし、表記の仕方などについて、同チームの幹部が26日、国会内で原告・弁護団との非公式協議を行うなど、詰めの調整を行った。(12月27日読売新聞配信
○ 薬害C型肝炎訴訟で、与党肝炎対策プロジェクトチーム(PT)がまとめた被害者の「全員一律救済」に向けた議員立法の前文案が27日、明らかになった。焦点である国の「責任」と「謝罪」は、「政府は、感染被害者の方々に甚大な被害が生じ、その被害の拡大を防止し得なかったことについての責任を認め、心からおわびすべきである」との表現にした。与党PTは28日、弁護団と最終調整を行い、前文と法案骨子を正式に取りまとめる。
国の責任について原告と弁護側は「薬害を発生させたことを反省し、その責任に基づいて被害者全員の一律救済を行う」よう訴え、政府の発生責任を法案に明記するよう求めていた。前文案はその意向を踏まえ、被害を拡大させた責任を盛り込んだ。与党PTは27日までの弁護団との協議で「大筋合意できた」と受け止めており、28日の合意を目指す。(12月28日毎日新聞配信

個人的には「肝炎対策基本法案」は取り下げるとばかり思っていたのだが、それも成立させようとするなら、国の責任も含めて基本法の方に書いてしまう方がすっきりすると思うのだが。
なお、「肝炎対策基本法案」も成立させるとすると、救済法案は、基本法に基づく法制上の措置ということになるのであろう。そうすると、救済法案に明記する国の責任を前文で記載するということになると、基本法にも前文があり、救済法にも前文を付すということになり、いかがかと思ってしまう。
 ・ 補償金の性格
ハンセン病補償法の審議過程では、国に一定の責任を認めるという前提に立つからであろうが、補償金の性格について国家賠償なのか損失補償なのか議論がなされ、次のような答弁がなされているが、結局あいまいなままにされているようである。

この法案は補償金を支給することになっておるわけでございますけれども、この補償金につきましては、らい予防法による隔離政策のもとで苦痛、苦難をこうむってこられたその精神的な苦痛、これを慰謝するための補償金というものでございます。(平成13年6月14日第151回国会参議院厚生労働委員会、福田衆議院法制局第五部長答弁)

内閣提出の場合にはこのようにあいまいにすることはしないであろうから、内閣提出とするとかなり時間がかかってしまうだろう。
 ・ 被害者の認定を裁判所が行うことについて
被害者の認定は、原告側の意向に沿って裁判所が行うこととすることについては、最初は違和感を感じた。
しかし、例えば、過料の処分は、自治体の場合には長が行うが、国の場合には裁判所が行う。そして、この処分は、刑と行政処分との中間的な性格を有するものと解されており(法制執務研究会『新訂ワークブック法制執務』(P247)参照)、司法としての行為ではないのであろう。つまり、行政機関が行うような行為を裁判所が行うこともあるのだから、制度として設ければありだということなのだろう。
ただ、このような形で裁判所を利用する制度は、自治体では当然設けることはできないだろう。
 ・ その他ハンセン病補償法について
ハンセン病問題においては、上述のとおり原告は各地裁の和解手続で和解一時金を、それ以外の未提訴者も議員立法により同額を補償金として支給するという2ルートで解決を図ることとしたため、ハンセン病補償法では、次のとおり和解手続で和解一時金を得た者との調整規定を置いている。

(損害賠償等がされた場合の調整)
第7条 補償金の支給を受けるべき者が同一の事由について国から国家賠償法(昭和22年法律第125号)による損害賠償その他の損害のてん補を受けたときは、国は、その価額の限度で、補償金を支給する義務を免れる。
2 国は、補償金を支給したときは、同一の事由については、その価額の限度で、国家賠償法による損害賠償の責めを免れる。

自治体で同種の内容の条例を制定しようとする場合、この第1項は書けるとしても、第2項は国家賠償法の特例のようになるので、ちょっと書き難い。そうすると、自治体で同様の対応が求められた場合、条例等の法規の立案によって解決を図るという手法はちょっと採り難いのかなという感じがする。