飲酒運転に係る懲戒免職処分を取り消す判例について(1)

最近、飲酒運転をした者に対する懲戒免職処分を取り消す判決が地裁レベルで幾つか出されている。この問題については、2007年8月12日付け記事「飲酒運転をした者を懲戒免職処分にする処分指針について」で取り上げたこともあるので、再び取り上げてみる。
取り上げる判例は、判決文を確認することができた佐賀地裁平成20年12月12日判決神戸地裁平成20年10月8日判決 *1であるが、今回は、これらの判決に触れる前に、懲戒処分に対する司法判断の在り方としての一般的考え方をそれを批判されている阿部泰隆教授の見解とともに取り上げることにする。
1 懲戒処分に対する司法判断の在り方等
 (1) 懲戒処分に対する司法判断の在り方等
懲戒処分は、行政庁の裁量処分であるが、この裁量処分に対する司法判断の在り方として一般的なのは、次の考え方であろう。

行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲を超え又はその濫用があった場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる(行訴法30条)。したがって、そのような裁量処分に対する司法審査の在り方として、裁判所が処分をした行政庁と同一の立場に立って当該具体的事案について裁量権の行使はいかにあるべきかを判断し、その判断の結果を行政庁の判断に置き代えて結論を出すこと(実体的判断代置方式)は許されず、飽くまでも、それが行政庁の裁量権の行使としてされたものであることを前提として、その判断要素の選択や判断過程に著しく合理性を欠くところがないかどうかを判断すべきものである……。実体的判断代置方式は、覊束処分に対する司法審査についてのみ妥当するものである。(行政事件訴訟実務研究会『行政訴訟の実務』(P200〜))

そして、懲戒処分に関する具体的な最高裁判決としては、最判昭和52年12月20日判決(神戸税関事件)がある。この判決は、前掲書(P201)でも引用されているが、ここでは、阿部泰隆『行政法解釈学1』(P372)に引用されているものを抜粋しておく。

懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきか、を決定することができるものと考えられるのであるが、その判断は、右のような広範な事情を総合的に考慮してされるものである以上、平素から庁内の事情に通暁し、部下職員の指揮監督の衝にあたる者の裁量に任せるのでなければ、とうてい適切な結果を期待することができない……。それ故、公務員につき、国公法に定められた懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきである。もとより、右の裁量は、恣意にわたることを得ないものであることは当然であるが、懲戒権者が右の裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきである。したがつて、裁判所が右の処分の適否を審査するにあたつては、懲戒権者と同一の立場に立つて懲戒処分をすべきであつたかどうか又はいかなる処分を選択すべきであつたかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである。

 (2) 阿部泰隆教授の批判について
上記の最高裁判決について、阿部泰隆教授は、前掲書(P373)で次のように批判されている。

「平素から庁内の事情に通暁し、部下職員の指揮監督の衝にあたる者の裁量に任せるのでなければ、とうてい適切な結果を期待することができない」とするのは、論理の飛躍である。懲戒権者の判断過程が「懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分暦、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を」合理的に考慮しているのかを審査するのは、懲戒権者ではなく、第三者である裁判所にも十分可能である。

阿部教授の考え方について勘違いしている部分があるかもしれないが、少なくとも上記の部分については、実務とは離れた議論のように感じる。
懲戒処分を行うに当たって、上記の例示された事項のみを考慮するのであれば、第三者でも審査は可能であろう。しかし、懲戒処分は、実際には被処分者通常の勤務態度などを含め、まさしく諸般の事情を考慮して行うのであるから、裁判所でも合理的な審査ができるというのは、あまりにも裁判所を買いかぶり過ぎているのではないだろうか。
なお、阿部教授は、前掲書(P796)で「公務員の懲戒処分について広い裁量を認めた……最高裁神戸税関判決(1977.12.20)はもはや通用力を失っている」と記載されているが、次回以降で取り上げるいずれの判例も、この最高裁の考え方を前提としているので、実務においてはなお通用しているものと考えるべきであろう。

*1:この判決については、kei-zuさんから教示いただきました。ありがとうございました。