飲酒運転に係る懲戒免職処分を取り消す判例について(2)

 佐賀地裁平成20年12月12日判決
 (1) 事案概要
被処分者*1は、高等学校の教諭である。
平成18年7月13日、ホテルで開催された自身の所属する高校の運営委員会の反省会に参加したが、高校から会場へは車で移動した。
この反省会で飲酒し、その後スナックにおける2次会でも飲酒した。
その後車に戻り、30分程度仮眠を取った後、運転したが、それが同月14日午前0時20分頃である。
途中、信号待ちのため停車し、一瞬うとうとしたため、青信号に変わったにもかかわらず発進しなかった。すると、被処分者の車の前にキャデラックが停まり、そこから、暴力団関係者風の男性が降りてきて、被処分者の車の運転席側の窓ガラスをノックし、「何しよっとか、降りて来い」、「お前飲酒運転やろうが、警察に今から通報すっけんな」と言って、被処分者に名刺を出すように要求した。
被処分者は、車を運転して約2km逃げたが、キャデラックは追跡してきて、行き止まりの所で、被処分者は車を停止した。被処分者は、キャデラックのボンネットの上に現金3万円と診察券及び迷惑料と書いた紙を置いたところ、解放されたため、帰宅した。
同日午前7時頃、警察署交番から被処分者に出頭要請があったため、出頭した。同日午前8時5分頃、アルコールの呼気検査を受けたところ、検知管による呼気1リットル中のアルコール濃度は、0.05mgと0.10mgのほぼ中間を示しており、検査を実施した警察官は、呼気1リットル中、0.07mgのアルコール濃度と判断した。
 (2) 裁判所の判断
  ア 懲戒処分の指針について*2
懲戒権者において懲戒処分の基準・運用方針を設けている場合には、当該基準が社会通念上著しく妥当性を欠くかをまず検討し、それが否定される場合には、当該基準や運用方針を前提として裁量権の逸脱・濫用の有無を判断するのが相当である。
懲戒免職処分は、当該職員としての身分を失わせ、職場から永久に放逐するというものであり、停職以下の処分とは質的に異なり、公務員にとっていわば「死刑宣告」にも等しい究極の処分であるから、その選択が慎重にされるべきこともまた当然である。
さらに、懲戒処分の対象となる非違行為自体も、同じ違法行為とはいえ、刑罰法規に触れる犯罪行為とそれ以外の違法行為との間には質的な差異が存在することも明らかである。
そうすると、本件指針における「飲酒運転」に関する条項は、職務外の刑罰法規には触れない違法行為についても、標準例とはいえ、懲戒免職処分のみを科すという指針になるが、この基準は、今日における飲酒運転に対する社会的非難の度合いの高まりという社会状勢や教員が一般の公務員に比してもより高いモラルを求められていることを考慮しても、あまりに苛酷というべきであって、重きに失し、社会通念上妥当性を欠くものというべきであり、本件指針の「飲酒運転」の意義については、少なくとも刑罰法規に触れる「酒気帯び運転」以上のアルコール分(呼気1リットル中、0.15mg以上)を身体に保有した状態で自動車を運転することと限定的に解釈しない以上、本件指針における上記条項自体、裁量権を逸脱・濫用したものといわざるを得ない。この点は、前記のとおり、酒気帯び運転に至らない程度のアルコールを身体に保有した状態による運転で、公務員が懲戒免職処分を受けた例は見当たらないことからも根拠づけられ、この結論は、本件指針の上記条項が周知徹底されていたとしても異なるものではないものと解される。
  イ 被処分者が有していたアルコール濃度について
処分者は、本件訴訟において、いわゆるウィドマーク法を用いた私的鑑定書(乙28)を提出し、同鑑定書の結果に基づいて、原告が本件運転行為をした時点におけるアルコール濃度は、酒気帯び運転におけるアルコール濃度の基準を超えるものであるとも主張している。
しかしながら、上記鑑定書は、(1)原告の飲酒状況について、平成18年7月13日午後7時30分から午後9時30分までの間に、ビール大瓶2本(アルコール濃度5%、1266ミリリットル)、日本酒1合(アルコール濃度15%、180ミリリットル)を飲酒したと推計し、(2)同日午後9時40分から午後11時までの間にウイスキーの水割り1.5杯(アルコール濃度9%、225ミリリットル)を飲酒したと推計し、(3)原告の運転開始時刻を同月14日午前零時20分とし、(4)同日午前8時における呼気アルコール濃度を0.07mg/リットルとし、(5)血中アルコール濃度が最高に達する時間を総飲酒時間や食事の影響を受けるため一様ではないとしながらも、同月13日午後11時30分であると仮定した上、(6) ウィドマーク法による算定式を用いて、原告の運転開始時点の血中アルコール濃度を1.5〜1.7mg/ミリリットルであると推定しているのであるが(乙28)、ウィドマーク法において極めて重要な飲酒量や飲酒時間及び運転開始時間自体が、いずれも裏付証拠が全くない、原告の記憶に基づく推定である以上、その結果の信用性には重大な疑問がある。
したがって、上記鑑定書を根拠に、原告の本件運転行為をした時点におけるアルコール濃度が酒気帯び運転におけるアルコール濃度の基準を超えるものと認めることはできない。
 (3) 判決に対する見解
本件は、飲酒運転をしている際に検挙された事例ではなく、その意味では特殊な事例である。
判決では、懲戒処分の「指針の『飲酒運転』の意義については、少なくとも刑罰法規に触れる『酒気帯び運転』以上のアルコール分(呼気1リットル中、0.15mg以上)を身体に保有した状態で自動車を運転することと限定的に解釈しない以上、本件指針における上記条項自体、裁量権を逸脱・濫用したものといわざるを得ない」とした上で、運転行為時にどの程度のアルコール濃度を有していたかについて、処分者の推定について裏付証拠がなく、信用できないものとされている。
つまり、懲戒処分の指針という行政の文書を裁判所が限定的に解釈することの是非に疑問はあるが、結論としては処分事実を裏付ける証拠がないとしているので、事実誤認があった場合と同様に考えることができるだろう。
したがって、処分取消しの判決がなされたことは特段不思議ではない事例だと感じる。
しかし、疑問を感じる点を2点程述べておく。
1点目は、「懲戒免職処分は、当該職員としての身分を失わせ、職場から永久に放逐するというものであり、停職以下の処分とは質的に異なり、公務員にとっていわば『死刑宣告』にも等しい究極の処分であるから、その選択が慎重にされるべきこともまた当然である」とされている部分である。これは、公務員の懲戒免職処分の取消訴訟における判決においてよく用いられるフレーズである。免職処分の場合は、停職処分等と比較して、慎重に行うべきということは否定はしない。しかし、なぜ慎重に行うべきかというと、地方公務員の場合、停職処分が最長でも6か月であり、刑罰の無期懲役のように無期停職といったものがないため、免職処分と停職処分との間の乖離が大きいことが一番の理由であるように思う。そうすると、「停職以下の処分とは質的に異なり」というのは不正確であるし、そもそも刑事裁判における死刑判決と比較するのも、適切ではないと感じる。
2点目は、「懲戒処分の対象となる非違行為自体も、同じ違法行為とはいえ、刑罰法規に触れる犯罪行為とそれ以外の違法行為との間には質的な差異が存在することも明らかである」として部分である。刑罰と懲戒処分は、その趣旨が異なるものである以上、このように考えてよいかどうかは大いに疑問がある。この点については、最後のまとめの部分で再度取り上げることとする。

*1:判決書では、一般に原告・被告と表記されるが、次回取り上げる神戸地裁判決も含めて、原則として被処分者・処分者という表記で統一することにする。

*2:「裁判所の判断」で付している項目の名称は、管理人が便宜的に付しているものである。次回取り上げる神戸地裁判決も同じ。