飲酒運転に係る懲戒免職処分を取り消す判例について(3)

 神戸地裁平成20年10月8日判決
 (1) 事案概要
被処分者は、市の建設経済部の課長である。
被処分者は、平成19年5月6日(日)、町役員に草刈り機の操作方法を説明するため、河川堤防の草刈作業現場に立ち会った。
その後、自宅に戻っていたが、上記草刈り作業に従事していた町役員の1人から食事に誘われたため、車で自宅から約1.5キロメートルの所にある焼肉店に赴いた。
そこで飲酒し、その後、30分ないし40分程度雑談した後、車を運転したが、パトカーに追尾されたため、停車した。
警察官が、飲酒検知を実施したところ、呼気1リットル中から0.15ミリグラムのアルコールが検出された。
(2) 裁判所の判断
  ア 裁量処分に対する考え方
処分者は、非違行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、市職員の非違行為の前後における態度、懲戒処分等の処分暦、選択する懲戒処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分をすべきかを、その裁量により決定することができると解される。
もっとも、その裁量も全くの自由裁量ではないのであって、決定された懲戒処分が社会通念上著しく妥当を欠いて苛酷であるとか、著しく不平等であって、裁量権を濫用したと認められる場合、公正原則、平等原則に抵触するものとして違法となると解される。
  イ 懲戒処分の指針に対する考え方
本件指針は、懲戒処分の公正・平等を保持する目的で定められたものであるが、あくまでも行政組織内の規範であって、ある具体的な懲戒処分が違法かどうかの司法判断の基準ではない。したがって、懲戒処分の適否の判断は、上記アの判断の枠組みによって行うべきであって、本件指針における酒気帯び運転の標準量定の当否の判断(これが公正原則に抵触しているかどうかをという判断)を通じて行うのではないから、本判決においては、その当否は判断しない。
そこで、上記アの判断の枠組みに従って検討する。
  ウ 非違行為の態様
本件処分における非違行為というのは、被処分者が職務とは無関係に、休日に行った本件酒気帯び運転である。しかも、原告の呼気から検知されたアルコールの量は、道路交通法違反として処罰される最下限の水準(呼気1リットル中0.15ミリグラム)にすぎなかったのである。したがって、本件酒気帯び運転の非違行為の性質、態様、結果という点で、悪質さの程度がそれほど高いわけではない。
非違行為の原因や動機についてみるに、処分者は積極的に飲酒を要求したわけではなく、たまたま、知人の手伝いをしたことをきっかけとして、当該知人に勧められて飲酒したに過ぎないのであって、非違行為に至った原因や動機について、非難に値するとか、破廉恥な事情があったとまではいえない。
非違行為の影響という点についてみるに、本件酒気帯び運転によって公務への影響が生じたとはいえないし、本件酒気帯び運転により交通事故が起きて第三者に被害が生じたというわけではなく、公務員への信頼という観点から地域社会に与えた悪影響も甚大とまではいえない。
  エ 処分との均衡
仮に、原告と同様に前科前暦も懲戒処分暦もない市職員が「無免許運転又は著しい速度違反(50km以上)等悪質な交通法規違反をした」という場合、減給又は戒告という懲戒処分を受けるにとどまるはずであるが(本件指針)、そうすると、本件酒気帯び運転によって原告が免職となるのは、いささか、非違行為と懲戒処分との均衡を欠くきらいがあるといわざるをえない。
免職という懲戒処分は、公務員にとって著しい不名誉であるだけではなく、直ちに職を失って収入が閉ざされ、退職金さえ失うのであって、これによって被処分者が被る有形・無形の損害は甚大である。特に、被処分者のように38年間も市職員として勤務し、退職が間近に迫っていた職員にとっては、なおさらそうである。
(3) 判決に対する見解
飲酒運転に係る懲戒免職処分を取り消す判例について(1)」で記載したように、一般的に裁判所は行政機関の行った裁量処分に対しては実体的判断代置方式による判決を行うべきではないとされている。ただし、そのように言ってみても、実際にどのような判断がその方式になるかは、うまく説明できないのであるが、この判決は、その方式に近いように感じる。
例えば、処分者の主張の中で、被処分者は管理職であることを重視して処分を行った旨の主張がある。私には、これはもっともな主張であると思えるのだが、判決では何ら触れられていない。このことは、裁判所が判断すべき事項を判断していないのではないかとも思うのだが、かえって退職間近であることを被処分者に有利な事情としている。
また、飲酒した原因・動機について非難する点がないとしている。もし他人に誘われたから非難する点がないというのであれば、ほとんどの飲酒運転が非難する点がなくなってしまうのではないかとすら感じる。
この判決では、上記記事でも取り上げた最判昭和52年12月20日判決も引用し、その考え方に依拠しているのであるが、実際の判断においては、行政機関の裁量をあまり考慮することなく、裁判官自らの価値観に基づいて判断しているように感じる。
さらに、懲戒処分の指針については、その当否は判断しないといいながら、その指針で定めている悪質な交通法規違反の場合と比較しているなど、判決の内容に矛盾を感じる部分もある。
このような点から、この判決は全体的にいかがかと感じてしまうのである。