「行政不服審査法案に関する勉強会」

少し前にtihoujitiさん経由(http://d.hatena.ne.jp/tihoujiti/20100127)で、総務省のホームページに「行政不服審査法案に関する勉強会(概要)」として、第169回国会に提出された改正法案(以下単に「法案」という。)について、有識者から提示された意見について、論点ごとに整理したものが掲載されていたのを知ったので、ここに感じたことを記しておく。
1 制度全般について
法案についての評価は、有識者の中でも賛否があるが、私は、全体的には否定的に捉えており、学習院大学の櫻井教授の次の見解に共感を得るところが多い。

行政不服審査法は不服審査の一般法とされているが、実際は個別法の規定が適用されない部分のすき間を埋める補充的役割を持つにすぎない。行政不服審査法に基づく不服申立てのうち国税、情報公開、社会保険、労災補償で8割以上を占めており、それ以外の標準的な審査請求の処理件数は年間数百件にすぎないとされ、改正の必要性があるのか疑問である。

私自身の感覚では、行政不服審査の申立人のなかには、代理人を付けるようなケースもあるが、そのような場合は、申立人は裁判まで視野に入れている場合が多いのではないかと思う。他方、それ以外のケースについては、行政不服審査を行うという意図よりも、苦情の申出的な意味合いで行う場合が結構あるように思われる。
そうすると、当然その全部ではないにしろ、住民の側からすると、行政不服審査に対しては、公平性に対してよりも、簡易・迅速さに重きを置いているのだということができる。そして、それを受ける行政庁の側では、よく言われることであるが、行政不服審査はほとんど受けたことがないため、どのように処理してよいか分からないので、半ば放置し、迅速と言いながら、そうではないことから住民に不満が生じるということになる。
実際、東京都の和久井参事は、次のように述べている。

諮問・答申という段取りを踏めば当然数か月から半年は要することとなる。裁判所と異なり書類審査だけで済み出頭も要しない簡便な手続であるから不服申立をしてみようという国民の中には、手続の公正さに重きを置くよりも、迅速に結果が出ることを望む者も少なくないと考える。

上記のような問題は、制度自体の問題ではないため、他に特に審査について問題があるという実態があるのでなければ、改正の必要性自体に疑問がある。上智大学の小幡教授は「第三者機関を置いて公正に審理することは今日的救済制度として必須なこと」と言われているが、行政不服審査にそこまで求めるのかというのが私の正直な感想である。
ただし、法案で、審理員という審査を扱う専門の職員を置くこととしていることについては、私は肯定的に捉えている。そのような職を置くことの是非は別として、少なからず集中的に審査を行う体制が作れるので、上記のような手続がよく分からなくて放置するということは少なくなるであろうからである。
2 行政不服審査会について
法案に定められている行政不服審査会については、1で記載したとおり簡易・迅速といった観点には反することになるので、私は否定的に捉えている。
なお、有識者の意見の中で、情報公開・個人情報保護審査会との兼ね合いを論点としているものがある。
現在の情報公開・個人情報保護審査会に関する評価は、概ね肯定的なものが多いであろうし、自治体におけるこれに相当する審査会についても同様であろう。しかし、自治体において、こうした審査会が機能したのは、これまでは、その分野における一般的な知見が乏しい中で、その専門家の意見を聴くというところにあるのではないだろうか。そうすると、行政処分を審査するということになると、あまたある処分のすべてについて精通している人を集めることは到底不可能であろう。
さらに、法令に基づく処分について、附属機関の意見を聴くことに、自治体としてのインセンティブはあまりなく、結果、単に手続を重くするだけということになってしまうのではないだろうか。
3 自治体に導入することについて
法案の自治体にとっての意義について、東京都の和久井参事が次のように述べられている。

地方公共団体にとってこの法案は、地方公共団体の機関が行なう処分にかかる不服申立てに特有の問題について、予めなされるべき十分な議論がなされないまま、国の機関が行なう処分にかかる不服申立てと同じ制度を地方にも当てはめようとする「見切り発車」的なものではないかという印象が拭えません。

私も基本的には同様の印象を持っている。
ただし、同氏が「新制度を小規模自治体にまで一律に適用するのは難しく、例えば、条例で審理手続の一部を簡素化できる余地を残せないか、検討してもよいのではないか」とされている点については、同じ法令に基づく処分について救済手続が異なるということについて、何となく気持ち悪さが残る(まあ、私が中央集権的考え方に囚われているのかもしれないが)。
なお、1に述べたことと関連するが、慶応義塾大学の橋本教授は、「審理員についても、裁判官類似のスキルを持った人材を、一律に地方に置くことが人材活用の点で望ましいのか」と意見を述べられている。
確かに法案に見られるように裁判類似の対審構造を導入すると、職員ではなかなか対応できない面がある(弁護士が代理人に付いたりすると、特にそのようにいえると思う)。
しかし、これも、簡易・迅速さを考慮して、審理の方法をどのようにするかに関係してくるが、私は、個人的には現行の書面審理中心で十分であると感じており、そうすると、それほどのスキルは問題にはならないのではないだろうか。