本則におかれる経過規定の例

法令の制定・改廃を行う場合、それにより新しい法秩序に円滑に移行するため、従来の秩序をある程度容認するとか、新しい秩序の設定に暫定的な特例を設けるとかする経過的な措置を定めることが多い(法制執務研究会編『新訂ワークブック法制執務』(P292)参照)。
こうした経過措置を定める規定(経過規定)は、通常は附則に置かれるが、法律には本則に置いている例もある。経過措置の定めを政令等に委任する規定はよく見かけるが、それ以外の例を2例掲げる。
1 大気汚染防止法の規定例

(定義)
第2条 (略)
2 この法律において「ばい煙発生施設」とは、工場又は事業場に設置される施設でばい煙を発生し、及び排出するもののうち、その施設から排出されるばい煙が大気の汚染の原因となるもので政令で定めるものをいう。
3〜10 (略)
(経過措置)
第7条 一の施設がばい煙発生施設となつた際現にその施設を設置している者(設置の工事をしている者を含む。)であつてばい煙を大気中に排出するものは、当該施設がばい煙発生施設となつた日から30日以内に、環境省令で定めるところにより、前条第1項各号に掲げる事項を都道府県知事に届け出なければならない。
2 (略)

この第7条の経過規定について、大気汚染防止法令研究会『逐条解説 大気汚染防止法』には、次のように記載されている。

本条(第7条)は、ある施設が政令で新たにばい煙発生施設として定められたときに現にその施設を設置している者の届出について定めたものであり、前条の規定によりばい煙発生施設を新増設しようとする者に届け出させた事項と同様の事項を都道府県知事に届け出させるものである。

この場合、本則に政令に必要な経過措置を定めることを委任し、政令でばい煙発生施設を追加する都度、その附則に所要の経過規定を置いても足りるのであろうが、それを省略するためにこのような規定を置いているのであろう。
2 建築基準法の規定例

(適用の除外)
第3条 (略)
2 この法律又はこれに基づく命令若しくは条例の規定の施行又は適用の際現に存する建築物若しくはその敷地又は現に建築、修繕若しくは模様替の工事中の建築物若しくはその敷地がこれらの規定に適合せず、又はこれらの規定に適合しない部分を有する場合においては、当該建築物、建築物の敷地又は建築物若しくはその敷地の部分に対しては、当該規定は、適用しない。
3 (略)

この第3条第2項は、いわゆる既存不適格建築物についてその存在を適法とするための規定であるが、この規定について、金子正史『まちづくり行政訴訟』(P109)は、次のように記載している。

法令の制定・改正に際し、当該法令の施行期日や経過措置あるいは適用関係の整理に関する規定は、通常、附則中に定められる。しかし、建築基準法は、現存建築物等への新規定の適用について、附則で経過規定等をおかずに、本則の総則規定中に建基法3条2項を設けることで対処した。これは、建築物は、いったん建築されると数十年の長期にわたって使用される。その間、修繕や増築がなされるであろうし、一方、社会情勢の変化にともない法令の規定の改正は、実にしばしば行なわれる。このような状況の下で、法令の改正のたびに附則中で経過規定、適用関係の整理をすることは、立法技術の面からすると、かなり複雑かつ煩雑となりかねないので、このことを考慮したものである。

この規定には、経過措置という見出しは付されていないが、この規定も、改正の都度経過規定を置くことを省略するための規定である。
これらの例をみると、本則中に経過規定を必ず置かなければいけないということはないのだが、こういう規定があることを覚えておいて損はないだろう。