税法の遡及適用〜最高裁判決

以前、平成16年の租税特別措置法の一部改正において、土地、建物の譲渡損失の他の所得との通算及び翌年以降への繰越しを年度当初に遡って認めないこととしたことについて、下級審では異なる判断がなされたことについて取り上げたが(2008年2月15日付け記事「税法の遡及適用」)、今になってその最高裁判決が平成23年9月30日になされていたことを知ったので、その判決を取り上げておくことにする。
まず、前掲記事を記載した時点では確認していなかった金子宏教授の見解を次に記載しておく。

過去の事実や取引から生ずる納税義務の内容を……納税義務者の不利益に変更する遡及立法は、原則として許されないと解すべきであろう。人々は、現在妥当している租税法規に依拠しつつーすなわち、現在の法規に従って課税が行われることを信頼しつつー各種の取引を行うのであるから、後になってその信頼を裏切ることは、租税法律主義の狙いである予測可能性や法的安定性を害することになる。憲法は、この点について明文の定めをおいていないが、憲法84条は納税者の信頼を裏切るような遡及立法を禁止する趣旨を含んでいる、と解すべきである……。なお、所得税法人税のような期間税について、年度の途中で納税者に不利益な改正がなされ、年度の始めにさかのぼって適用されることがあるが、それが許されるかどうかは、そのような改正がなされることが、年度改正前に、一般的にしかも十分に予測できたかどうかによると解すべきであろう……。(金子宏『租税法(第13版)』(P101))

最高裁判決は、結論として租税特別措置法の規定は合憲としているが、一般論として次のように述べている。

(1) 所得税の納税義務は暦年の終了時に成立するものであり(国税通則法15条2項1号)、措置法31条の改正等を内容とする改正法が施行された平成16年4月1日の時点においては同年分の所得税の納税義務はいまだ成立していないから、本件損益通算廃止に係る上記改正後の同条の規定を同年1月1日から同年3月31日までの間にされた長期譲渡に適用しても、所得税の納税義務自体が事後的に変更されることにはならない。しかしながら、長期譲渡は既存の租税法規の内容を前提としてされるのが通常と考えられ、また、所得税が1暦年に累積する個々の所得を基礎として課税されるものであることに鑑みると、改正法施行前にされた上記長期譲渡について暦年途中の改正法施行により変更された上記規定を適用することは、これにより、所得税の課税関係における納税者の租税法規上の地位が変更され、課税関係における法的安定に影響が及び得るものというべきである。
(2) 憲法84条は、課税要件及び租税の賦課徴収の手続が法律で明確に定められるべきことを規定するものであるが、これにより課税関係における法的安定が保たれるべき趣旨を含むものと解するのが相当である……。そして、法律で一旦定められた財産権の内容が事後の法律により変更されることによって法的安定に影響が及び得る場合、当該変更の憲法適合性については、当該財産権の性質、その内容を変更する程度及びこれを変更することによって保護される公益の性質などの諸事情を総合的に勘案し、その変更が当該財産権に対する合理的な制約として容認されるべきものであるかどうかによって判断すべきものであるところ……、上記(1)のような暦年途中の租税法規の変更及びその暦年当初からの適用によって納税者の租税法規上の地位が変更され、課税関係における法的安定に影響が及び得る場合においても、これと同様に解すべきものである。なぜなら、このように暦年途中に租税法規が変更されその暦年当初から遡って適用された場合、これを通じて経済活動等に与える影響は、当該変更の具体的な対象、内容、程度等によって様々に異なり得るものであるところ、これは最終的には国民の財産上の利害に帰着するものであって、このような変更後の租税法規の暦年当初からの適用の合理性は上記の諸事情を総合的に勘案して判断されるべきものであるという点において、財産権の内容を事後の法律により変更する場合と同様というべきだからである。
したがって、暦年途中で施行された改正法による本件損益通算廃止に係る改正後措置法の規定の暦年当初からの適用を定めた本件改正附則が憲法84条の趣旨に反するか否かについては、上記の諸事情を総合的に勘案した上で、このような暦年途中の租税法規の変更及びその暦年当初からの適用による課税関係における法的安定への影響が納税者の租税法規上の地位に対する合理的な制約として容認されるべきものであるかどうかという観点から判断するのが相当と解すべきである。

最高裁は、「法的安定に影響を及ぼす」といった表現を用いているが、本件のような事例は納税者に対する不利益な遡及立法に当たると判断していると思われ、その点では金子教授の見解と同一であるといってよいだろう。
その上で、納税者の不利益となる遡及立法がどの程度認められるかについては、金子教授はあらかじめ予測できたかどうかによるとしているのに対し、最高裁はそれが合理的な制約として容認されるべきものであるかどうかによって判断すべきとしている。したがって、一般的には最高裁の判断の方が金子教授の見解よりも遡及立法が認められる範囲は広くなるであろう。