前文の追加

だいぶ前になりますが、washitaさん(http://d.hatena.ne.jp/washita/20061003)が取り上げているのを見て興味を持ったので、私も取り上げてみることにしました。
前文を追加することが技術的にできることは異論がないと思う。
では、前文を追加することがおおよそ想定できないかどうかだが、まず、前文の改正について触れている文章を取り上げることにする。
参議院法制局法制執務コラム集(「前文とその改正」)には、配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律の前文の改正に関して、次のように記載されている。

前文は、法制定の趣旨などを高らかにうたう文章ですから、他の条文を改正するからといって前文まで改正することは通常はしないと思われます。にもかかわらず平成16年のDV防止法改正で前文が改正されたのは、用語の定義の変更に伴う文言の「整理」ということで、必要やむを得ないケースだったということでしょう。

これによると、前文の大幅な改正は想定しておらず、前文のある法律について前文も含めて大幅な改正をする場合には、廃止制定の方式をとるのが素直であるとも言えそうである。
しかし、現在国会で審議されている教育基本法案については、全部改正の方式がとられている。その審議において、全部改正の方式をとったことについて、次のような答弁がある。

法令の内容を全面的に改める場合、全部改正でなくて現行法を廃止して、そして新たに新法を制定するという方法もあるわけではございますけれども、制度そのものの基本は維持するということをする場合には全部改正の方式をとる、そして、改正前と改正後の継続性を強調する必要がないときや継続性が比較的薄いときには廃止、そして新法制定の方式をとることが多いわけでございまして、今回の基本法案は、現行基本法に掲げられる普遍的な理念を今後とも規定していくことから、全部改正という方式をとらせていただきました(第164回国会衆議院教育基本法に関する特別委員会(平成18年6月2日)小坂国務大臣答弁)。
将来に向かって新しい時代の教育の基本理念を明確にすると言いつつも、これまでに教育基本法がなし遂げてきた、今日の社会を築いてきた、その原動力となったいい理念、これまでの理念は引き継ぎつつ新たな理念を加えたということを申し上げているわけであります。今までの理念が間違っていたから全部改正をするというわけではなくて、これらの事象に対応するため、課題に対応するために、新たな理念を加えて法体系を整えたいと思ったわけですが、それには、新たに加えるものが非常に多いものですから、条文の追加という作業その他全体を見ると、全部改正という手続をとることが、今後の法律をお読みになる方々にも一番わかりやすく、国民の皆さんにも理解されやすいものになる、このように考えたところでございまして、そのような形で御理解をいただきたいと思います(第164回国会衆議院教育基本法に関する特別委員会(平成18年6月5日)小坂国務大臣答弁)。

これを見ると、当然なのかもしれないが、前文を改正するからこのような改正形式をとるのだということではなく、法令全体の改正の趣旨、内容等からどのような改正形式をとるべきか判断しているのだと言えるように思う。つまり、法令全体の改正内容がそれ程多くなければ、一部改正の方式により前文を改正することもありうるということになる。
そうすると、改正も追加も、ある意味程度問題と言えるから、一部改正の方式により前文を追加することも想定できないことではないと思う。
もちろん、前文を追加することに疑問を感じることを否定はしない。形式的にみても、通常、前文の最後の段落は、法律にならって、「ここに、……するため、この条例を制定する。」とすることが多いかと思うが、この文章を一部改正で追加することには抵抗を感じる。
しかし、そもそも、条例の場合、前文の持つ意味を踏まえて十分議論してから前文を置くかどうか決めているというよりも、前文を置くことが一種の流行みたいになっている部分があるのではないだろうか(山本庸幸『実務立法技術』(P47)には、「法律の場合には前文を置くものの数は極めて限られているが、条例の場合は最近の傾向として前文を置くものの数が増えつつある」という記載もある)。そうすると、一部改正の方式により前文を追加すべきでないとこだわってみても仕方がないと思う。前文を置きたい場合にどのような方式をとるかは、技術的な問題だと割り切ってしまえばいいのではないか。
では、前文を追加する場合に、どのような改め文を書くかである。
男女共同参画社会基本法の前文は、国会における審議の過程で追加されているが、その修正は、次のようにされている。

目次の次に前文として次のように加える。

これと違う書き方をする案としては、①「前文として次のように」という部分を「次の前文を」とすること、②「加える」の部分を「付する」とすることが考えられる。
①については、私は、「次の前文を」でいいのではないかと思う。
思うに、「次の○○を」とするか「○○として次のように」とするかは、原則として前者にするのだが、語感によって後者とする場合があるのではないかという感じがしている。例えば、ただし書を加えるときは「次のただし書を加える」とされているのに、後段を加えるときは「後段として次のように加える」とされているのは、「次の後段を加える」では何となく語感がよくないからではないだろうか。石毛正純『自治立法実務のための法制執務詳解(四訂版)』(P318)には、改正部分を特定するための引用の方式についてだが、次のような記述がある。

「条」「項」「号」「ただし書」については、条文中にこれらを示す言葉が存在する。……「ただし書」は、条文に「ただし、……」として書かれているので、この部分であることが明らかである。これに対して、「本文」「前段」「後段」については、条文中にこれらを示す言葉が存在しない。……改正の際に、「条」「項」「号」「ただし書」については原則としてこれを指示することとされ、「本文」「前段」「後段」については特記することを妨げないとされるのは、このような点を意識したものと思われる。

「次の後段を加える」とすると語感がよくないのは、こうしたこともあってのことのような気がする。そうすると、前文は、目次で「前文」と表記されるように前文であることを示す言葉があるので、ただし書と同じ仲間と言うことができるし、「次の前文を」としても違和感はないので、それでいいのではないだろうか。
②については、以前、多少記載したが、私は、「加える」と「付する」の使い分けは、追加する記述が、規範の内容となるかどうかということによるのではないかと思っている。そうすると、前文は、各条項の解釈の基準を示す意義・効力を有するものとされているのだから(前田正道『ワークブック法制執務(全訂)』(P146)参照)*1、規範の内容であり、「加える」でいいことになる。
以上のことから、「次の前文を加える」という改め文にすればいいのではないかと考えている。

*1:法制執務研究会『新訂ワークブック法制執務』(P169)も同様