続・新旧対照表方式(3)〜メリット・デメリット(その3)

新旧対照表方式のメリットしては、一般的に分かりやすさと職員の負担軽減という2点が挙げられると思う。
1 分かりやすさ
鳥取県で新旧対照表方式を導入したのは、「続・新旧対照表方式(1)〜メリット・デメリット(その1)」で記載したように「分かりやすさ」に重点をおいた結果だという。
しかし、問題なのは、誰にとっての分かりやすさなのかということである。鳥取県で新旧対照方式の導入後の評価として、亀井一賀*1「条例改正における新旧対照方式(鳥取県方式)の導入とその後」『自治体法務NAVI vol.6(2005年8月25日発行)』では、次のように記載されている。

県民にとって分かりやすい条例等の改正方式にする、という目的で導入した新旧対照方式については、県議会で審議をする議員には、議員提案による条例改正も新旧対照方式で行われていることもあり、理解しやすくなり、一定の評価をいただいていると考えている。
一方、その他の県民にとっては、新旧対照方式の改正内容を実際に目にするという機会は少ない。県議会事務局が、ホームページで議案を公開するようにしているので、それにアクセスされれば、議案段階で新旧対照方式での条例改正案を目にすることができるほか、議決後公布された条例を、紙ベース又はホームページに掲載された県公報で見る、ということができる程度である。
したがって、県民から直接、新旧対照方式になって見やすくなった、などの声を聞くことはない。

実際に公報そのものを見ている住民はあまりいないだろうから、住民にとって分かりやすいから新旧対照表方式にしたという理由は、理念的にはともかく、現実的な理由としてはあまり説得力があるとは思えない。
そうすると、現実的には議員にとっての分かりやすさということになる。それも一つの理由にはなるであろうが、他方、議員であれば、慣例化している従来方式をある程度理解できてしかるべきだと言っても言い過ぎではないと思う。
さらに、分かりやすさといっても、新旧対照表方式にすると、文章全体を見ることができるから、分かったような感じにはなるが、その規定の意味というのは、実際には前後の条文等を見ないときちんと理解できないことも多いから、それも程度問題である。
したがって、私は、「分かりやすさ」ということは、従来方式を新旧対照表方式に改める決定的な理由とはなり得ていないと感じている。
2 職員の負担軽減
島田・論文では、従来方式のデメリットして改正方法のルールが細かいことを挙げ、それをある程度まで習得するためには、少なくとも2〜3年の期間を要することが問題であるとしている。つまり、新旧対照表方式は、職員にとってメリットがあるとしているのであるが、一部改正のルールをある程度習得するのに、それ程の期間を要するのであろうか。もちろん個人差はあり、法制執務全体についてある程度習得するには確かにそれくらいの期間を要するかもしれないが、一部改正のルールであれば、せいぜい半年程度である程度は習得できるのではないかと思っている。私の場合例規の立案を初めて行ったのは、例規審査担当部署へ異動する直前の所属においてであったが、そのときに悩んだのは、規定の文言をどのように書いたらいいかということが中心であり、改め文そのものは、前例を見ながらそれなりに書いており、あまり悩んだ経験もない(あまり複雑なものがなかったということもあるが)。
さらに、出石稔「徹底比較!自治立法の動向を探る」『月間ガバナンスNo.64(2006.8)』において次のように記載されているように、かえって職員の負担が増すことも考えられる。

新旧対照表方式は、まだ運用されて間もなく、実績も十分とはいえないことから、試行錯誤の段階といっていい。各自治体の取組みを見ても、厚いマニュアルや事例集を作成するなど、標準化を目指している途上であろう。この点、実務担当にとってはむしろ難解な改正作業を強いられる結果になる可能性もある。

もちろん、改め文を書くのが嫌だといっていた人もいたことは事実であり、それを書く必要がなくなれば、その分負担が軽減されるのことは間違いないが、それはあくまでも付随的な理由にしかならないのではないか。
3 結論
以上により、私には、従来方式について個人的な好き嫌いは当然あるとしても、この方式を改める決定的な理由は見出せない。
では、新旧対照表方式を最初に導入した鳥取県ではなぜ従来方式を止めることにしたかというと、当時知事であった片山知事の指示が契機であるとのことである。つまり、自治体のトップは従来方式が嫌いなのであり、不満なのである。そうすると、「続・新旧対照表方式(2)〜メリット・デメリット(その2)」で記載したように、従来方式を維持しなければならない決定的な理由というものも見出しにくいため、知事の指示があった時点で既に結論はある程度決まっていたのではないかという感じがする。
思うに、従来方式による改正は、できるだけ必要部分に限って簡潔にすべきものとされ、その簡潔さは字数の多少で判断するという考え方が一般的だと思うが、分かりやすさということからすると、それにこだわることなく長めに言葉を引用したり、条項の全部改正をするなどの方法で従来方式を改善することも可能だろう*2
また、従来方式を改めるとしても、新旧対照表方式ではなく、全部改正方式の方が、従来方式との整合性等も併せて考えた場合には適当なのではないかとも感じる。特に、新旧対照表方式の場合には、表や様式の改正を考えた場合に正確性等でかなり疑義が生じることも考えられ、その点でも全部改正方式の方が優れていると思う。なお、この方式のデメリットである改正箇所が分かりにくいという点については、改正箇所に下線を付すといったことで解消できると思う*3
しかし、現在の状況を考えた場合、トップの指示で従来方式を改めるとしたら、新旧対照表方式以外の選択肢はないのではないかとも感じている。
そこで、次回以降では、新旧対照表方式を導入するとしたらどのようにすべきかという観点から、実際に自治体において用いられている新旧対照表方式について具体的に見ていくことにしたい。

*1:当時、鳥取県総務部総務課法制室長

*2:「改め」とするか「加え、削り」とするかという観点からのものであるが、法制執務研究会『新訂ワークブック法制執務』(P368)では、「どの方式が簡潔であるかを判断するに当たり、従前は改正文の字数を数えてその少ない方を採用すべきであるということもいわれたが、最近では必ずしも字数の多少に厳密にこだわらないこととされている」とされているが、これは分かりやすさという観点から適宜判断することも許容しているのではないかと思われる。

*3:ただし、改正前の規定は、既存の例規集等で確認してもらうということにはなる。なお、改正箇所に下線を付す場合には、その下線の意味を考えておく必要がある。