条例による法令の上書き(上)

東日本大震災復興特別区域法案に関する国会の審議で、条例による法令の上書きに関して議論がなされているが、河北新報の2012年5月29日付け社説には、次のように記載されている。

東日本大震災 上書き権/復興の一助として生かそう
「住宅の建設を禁じた災害危険区域に、工場など業務系の建物を建設できないものだろうか」。宮城県沿岸の町で、復興計画づくりの担当職員がため息をつく。限られた平地を有効活用したい被災自治体の多くが、現実に直面している問題だ。
しかし、建築基準法の答えは「ノー」。どうしてもと言うのなら、危険区域の指定を解除し、その上で区画整理の対象地に指定し直し、関係者を集めて土地交換の話し合いをしなければならない。要するに煩雑な手続きが必要になり、その分、復興のスピードは損なわれる。
危険区域であっても工場などは住居ではないのだから、それぞれの自治体の裁量で柔軟に建設エリアを決めたらどうか。何も「国民の生命、健康および財産の保護」という法の目的を逸脱しているわけでなし。ましてや今は、震災復興という特異な状況なのだから。
被災各地で、国の法律による規制が復興の足かせになりつつある。宮城県などで浮上している大量のがれきを防潮堤建設に活用する構想も、木質がれきの埋め立てを認めない廃棄物処理法がネックになっている。
こうした地域の実情にそぐわない規制を、法律の趣旨に反しない範囲で自治体が独自に撤廃したり緩和したりできる権能を「上書き権」と言う。
復興特区法の策定段階では、与野党が一致して「被災自治体の上書き権を明文化しよう」と検討したのだが、成立時には立ち消えになった。阻んだのは内閣法制局だった。
憲法は、国会を「唯一の立法機関」(41条)とし、自治体は「法律の範囲内で条例を制定することができる」(94条)と規定している。これを根拠に「条例で法律の上書きを認めたら、自治体に国会を超える権能を与えることになる」というのが内閣法制局の言い分だった。
野田佳彦首相の国会答弁も、内閣法制局の見解を踏襲。そこには被災地への配慮も、政治主導の理念も、地域主権改革への情熱もうかがえなかった。
厳密に言えば復興特区法は、立法機関の国会に配慮した上で、個別の法律について自治体による上書きを認めている。
自治体の申し立てに関係省庁が同意した場合は、政府が法律改正案を提出し、国会で成立後に条例で上書きできる。関係省庁が同意しないときは、衆参両院の審査を経て、議員立法で法律改正案を提出し、やはり国会での成立を経て上書きできる。
実に回りくどい手続きではあるが、それでも国会議員の熱意で、憲法解釈上は無理筋と目されていた上書き権が認められた意義は大きい。地方分権を本気で進めたいと考える自治体にとって悲願だった上書き権は、震災復興がきっかけとなって小さいながらも風穴が開いた。
復興の妨げとなる法規制を撤廃・緩和するのに、どのみち煩雑な手続きは避けられない。そうであるならば被災自治体には、ぜひとも上書き権を果敢に行使する道を選んでほしい。

東日本大震災復興特別区域法の関係規定は、次のとおりである。

(新たな規制の特例措置等に関する提案及び復興特別意見書の提出)
第11条 (略)
2〜7 (略)
8 認定地方公共団体等は、新たな規制の特例措置等の整備その他の申請に係る復興推進計画の区域における復興推進事業の実施等による復興の円滑かつ迅速な推進に関する措置について、国会に対して意見書(次項において「復興特別意見書」という。)を提出することができる。
9 国会は、復興特別意見書の提出を受けた場合において、当該復興特別意見書に係る措置の円滑かつ確実な実施のために必要があると認めるときは、所要の法制上の措置を講ずるものとする。
(国と地方の協議会)
第12条 内閣総理大臣国務大臣のうちから内閣総理大臣の指定する者及び認定地方公共団体等の長(以下この条において「内閣総理大臣等」という。)は、都道県の区域ごとに、復興推進計画の区域において当該認定地方公共団体等が推進しようとする取組、当該取組を推進するために必要な新たな規制の特例措置等の整備その他の復興推進事業の実施等による復興の円滑かつ迅速な推進に関する施策の推進に関し必要な協議を行うための協議会(以下この条において単に「協議会」という。)を組織することができる。
2〜7 (略)
8 会議において協議が調った事項については、協議会の構成員は、その協議の結果を尊重しなければならない。この場合において、認定地方公共団体等の講ずる措置の円滑かつ確実な実施のために必要があるときは、内閣総理大臣等(認定地方公共団体等の長を除く。)は、速やかに、所要の法制上の措置その他の措置を講じなければならないものとする。
9 (略)
10 内閣総理大臣は、会議における協議の経過及び内容を、適時に(会議において協議が調わなかった場合には、遅滞なく)、かつ、適切な方法で、国会に報告するものとする。
11 前条第9項の規定は、国会が前項の報告を受けた場合について準用する。
12 (略)
地方公共団体の事務に関する規制についての条例による特例措置)
第36条 特定地方公共団体が、第四条第二項第五号に規定する復興推進事業として、地方公共団体事務政令等規制事業(政令又は主務省令により規定された規制(特定地方公共団体の事務に関するものに限る。以下この条において同じ。)に係る事業であって復興推進計画の区域内において実施されるものをいう。以下この条及び別表の十四の項において同じ。)を定めた復興推進計画について、内閣総理大臣の認定を申請し、その認定を受けたときは、当該地方公共団体事務政令等規制事業については、政令により規定された規制に係るものにあっては政令で定めるところにより条例で、主務省令により規定された規制に係るものにあっては内閣府令・主務省令で定めるところにより条例で、それぞれ定めるところにより、規制の特例措置を適用する。

第11条第8項及び第9項、それから第12条第8項後段、第10項及び第11項は、国会における修正で挿入された規定である。これを、上記の社説は法律の上書きが認められたとしているのであろうが、規定上は、あくまでも「法制上の措置を講ずる」としているのみである。
そして、政省令に対する条例の上書きは、第36条で認めているものの、一般的に上書きを認めたものであるかどうかは明らかではない。